まさに今、あたしは死ぬつもりでいた。

それなのに、必死にこの目の前の男を探して死ぬのも忘れていたのだ。

恥ずかしい気持ちになった。
見ず知らずの男にあっさりと自殺を邪魔されてしまったのだから。




「あなたも?」




気づけばそんなことを口にして、そんなわけないか、と自問自答する始末。




「俺は違うな。」


暗くてよく見えないけれど、はにかんだように見えた。



どうして...
初めて会った顔も知らないこの人を、懐かしく感じてしまうんだろう。

変に落ち着いてしまう。
不思議だった。

死のうとしていたのに邪魔されて、本当は寂しかった?誰かに止めてほしかった?
違う。

たしかに本気だった。
あんな幸福感までしっかりと感じていた。

なのに、なぜ...?



「寒いのも、忘れてた?」


またクスリと笑ってその人は言う。

あたしは両手で自分を抱きかかえるようにして立っていた。

今気づいたけれど、コートも着ていない。


ほら、だからあたしは死ぬ気だったんだ。





「死ぬの、あたし。」





今度は涙まで出てくるから驚いた。
この人になに甘えたこと言ってるんだろう、と情けなくなったし、愚かだと思った。





「俺が死なせない。



って言ったら...?」





「えっ...?」








腰まで伸びた長い髪が風に遊ばれる。
それがくすぐったいんじゃない、この人が、目の前のこの男がさらりと言ってのけたその言葉に、
感じてしまったこのくすぐったさ。

それが心地よくて、馬鹿みたいだと思いながら、どうしようもなくこの男のことが知りたくなってしまった。

この気持ちは何...
懐かしいような、切ないような...




「とりあえず、これ着て。」




その人の体温が残った暖かいコート。
胸がきゅっとなって、油断したらまた泣いてしまいそうだった。


本当についさっきまで、あたしは死ぬはずだったのに、どうしてそんなに自然に、あたしの心をあたためるの。

この人は、だれ...?