さて、胃袋はこれからも継続的に掴んで行くとして、後は高野とどう距離を縮めていくか、だが。

「高野先生。明日、日曜日ですね」

お風呂から上がって、テレビを見ている高野に私はそっと話しかける。
何も考えずに聞いた風を装い、何かを期待しているような明るい声にならないように。

すると高野は、思い出したように「あっ」と声を上げる。

「そういえば言ってなかったな。明日、外勤なんだ。朝から地方の病院に行く」

「えっ!……そうだったんですか」

大学病院の勤務医は給料が少なく、どうしても外の病院に外勤と言う名のバイトをしに行かなければ生計が成り立たないのである。

かく言う私もちょくちょく外にバイトに行っているが、女子なのでそこまでキツイ所には割り当てられず、当直も少なくしてもらっている。

特に今月は新婚ということもあって家を開ける機会は少ないように取り計らって貰っているのだが、高野はそういうのも関係なく忙しくしているということなのか。

それは、結婚報告が直前だったり、新婚だからと気を遣われる環境に無いぐらい忙しい事も理由としてはあるのだろうけれど。

……でも、私には何となく分かる。
高野にとってこの結婚は、都合の良い、本当の愛情がないものだから。
だから平気でバイトも入れるし、家も開けるし、入籍当日にカテーテル手術に入る。

別に分かっていたことで、それにモヤッとするほど私は傲慢じゃない……はずだ。
彼と距離を縮めてもいないのに、彼に想われていないのに、モヤッとする権利は私にはない。

たとえ私が高野先生の妻であろうとも、だ。

こんなの折り込み済みで、理解のある都合の良い関係を、高野は第一に望んでいる。
……それなのに文句など言えるはずない。

もし、そんな都合を押してまで彼に私の意見を押し通したいのならば。
まずは彼に私を好きになって貰わないと。

愛さない者の意見など、彼にとって何の意味も為さないだろうから。

「……残念」

だから代わりに私は、小さく小さく、自分にも聞こえない位の声量で、本音を隠す。