真山「母さんが、いつも言っとった。
人の事は信じなさい。
信じとればいつか自分の元へ
幸せに形を変えて返ってくるって。
...そんなお人好しな事言っとるから
あの人達は騙されて死んだんじゃ。
じゃけん、幼い頃の記憶っつーのは
不思議なもんで、ほとんど顔も
覚えとらんのにその言葉だけは覚えとる。
じゃけぇ、尚更。信じた人に裏切られた
無様なあの人達の人生を見たから
その言葉だけは信じられんかった。」

驚いた。あの真山が泣いていた。
過去を捨て去り、現実を
受け入れた真山がそこにはいた。

いつの間にか真山から広島弁が消えていた。
それが、真山なりの過去との決別
だったのかもしれない。
過去を葬り今を生きる。
ようやく真山は全ての事を
終わらせる事が出来たのかもしれない。

真山「でも、忘れられる訳ねぇんだよ。
呪文のように俺の心と身体に
刷り込まれちまってるんだからよ。
そんな大切な言葉を忘れる訳には
いかねぇんだよ。」

陶太「だから、僕達を信じてくれたの?
僕達を守ってくれたの?
それでまた真山くんは自分の
人生を犠牲にしようとしてるの?」

真山「大したことないんだって!
たかが、俺の人生なんて。
両親が作った借金のせいで
おじさんやおばさんを苦しめて
毎日毎日、嫌がらせの言葉を受け止めて。
俺の顔なんて本当はもう二度と見たくねぇ
はずなのに、そんな姿を見るのが嫌で
俺は一人暮らしを始めたのに· · ·
毎月ちゃんと仕送りまでしてくれて· · ·
人に迷惑をかける事でしか送れねぇ
俺の人生なんて、たかがしれてる。
犠牲なんて言葉はもったいねぇよ。」

ずっと一緒にいたのに
ずっと知らなかった。
真山の気持ちも真山の苦しみも
何にも知らなかった。

言葉をかけたい。
違うんだって否定の言葉を
真山に届けたい。
だけど、言えなかった。
知らなかったとはいえ本物の
母親とずっと一緒に暮らしてきた
俺には真山にかける言葉などなかった。

もう俺たちは同じ悲しみを持つ
同士ではなくなったのだから。