「____以上が、昨日の二階堂菫子との会話記録となります」

ビジネス用の声で淡々と手帳のメモを読み上げ、上司に報告する。彼は全て聞き終えてから大きなため息をつき、こちらを見た。

「普通に世間話じゃないか」

「刺激するなと言われておりますし。精々この程度が関の山ですよ」

「あー、確かにまあ、アドバイスしたもんなあ…ま、しゃーなしだな」

上司はごま塩頭をぼりぼりと掻き、渡された会話記録を読み直した。無理もない事だとは思う。二階堂菫子はおかしいのだ。おかしいのなら、自動的に私の報告もおかしくなってしまう。そういうものだ。窓の外を見ながら珈琲を啜った私に、「おい、これなんだけどよ」と声がかけられた。

「どれでしょう」

「これこれ、被害者の南谷が小学生に見えてるってやつ。おかしくないか」

「それですか。二階堂菫子がおかしいのは今に始まったことでは____」

そう言う私を上司が遮る。その眉間には深く皺が刻み込まれていた。思わず姿勢を正して向き直る。

「二階堂菫子の学校での生活態度に問題はなかったろ?被害者のことも可愛がってた、っつーより化粧品貸しあったり弁当分けてたり…今どきの女子高生はよくわからんけどな、それは『普通』なんじゃないか?おかしくない」

「…何を言いたいんですか?」

「話が長くなっちまったな、すまんすまん。ま、簡単に言えば____被害者が殺されてから二階堂菫子はおかしくなったんじゃないか、ってことさ」

絶句した。
だって、彼女はあのとき昔の話もした。学校で一番楽しかったことの話もしてくれた。そこに一切の偽りがなく、なら学校生活もおかしいままだったのだろうと、思い込んでいた。

「……」

二の句が告げないまま手帳を凝視する私に、上司は「明後日の聞き込みもしっかりな」と肩を叩いて先に部屋を出ていった。どうやら学校側の話を聞いてくるようだ。
小さく、お気をつけて、としか呟けない。
二階堂菫子が南谷すずかを殺したことは、現在の時点では間違いなく、疑いようのない事実である。彼女の指紋がついた凶器に返り血、白いセーラー服は赤に染まり直していた。


『二階堂菫子は南谷すずかが目の前で殺されたショックでおかしくなったのではないか?』


これは可能性でしかない仮説だ。机上の空論であり、そもそも私の勝手な妄想ですらある。けれど、それが本当だったら…?

ぞっと冷える背筋。震える身体を抑えるように蹲る。歩くのすらおぼつかなくて、その日は結局、職場に泊まってしまったのだった。