白いドアの前で深呼吸をする。一人分の入院プレートに、ドアの横で病室の容疑者を見張る為に立っている警察官。胸いっぱいに広がる薬品の香りはいい刺激になった。逸る鼓動を抑え、三回きっかりでノックする。

「どうぞ」

甘やかな滑りのいい声に従い、「失礼します」と応えて病室の中に入った。個室は思ったよりも広く、トイレやキッチンなんかもついている。返事をした少女はベッドの上で点滴を受けながら本を読んでいた。
病院なんて久しぶりで、あちらこちらを見回す私に少女はくすりと微笑んでからベッド横のパイプ椅子を指す。

「是非お掛けくださいな、疲れたでしょう」
「あ、お、お気遣い痛み入ります…」
「あら。わたしの方が年下なのに敬語なんですね、律儀な方」
「…礼儀正しく生きているんです」
「素敵なことです」

彼女の細やかな心遣いに舌を巻く。再度お礼を言って腰を下ろし、自己紹介をする事にした。その方が彼女の精神にもいいだろう。名刺と警察手帳を懐から取り出し、私の一挙一動を何故かずっと見守っていた少女に差し出した。

「ええと…××県警察署の、九石と申します。これから何回か貴方とお話をするつもりで来ました。話していい時間は決まってますが、まあ、ゆっくり。やりましょう」

彼女は名刺だけを両手で受け取り、口の中で「さざらしさん」と無音で唱え笑った。それすらも絵になっていて、職務を忘れて見惚れてしまいそうになる。

「わかりました、九石さん。覚えましたよ。忘れません、大丈夫です。大丈夫」

そしてそのまま頭を下げる。下げたまま、自己紹介をされた。

「わたし、二階堂菫子です。お花の菫。砂糖漬けにすると美味しいんです。宜しくお願いします。シロップも甘くって美味しいですよね。宜しくお願いします」

私もそれににこやかに応え、警察手帳を懐にしまい、代わりに普通の手帳とペンを取り出した。上司から渡されたもので、注意事項が冒頭に書いてある。

『決して彼女に不安を与えないこと』

顔を上げた二階堂菫子は微笑みながら、サイドテーブルに飾ってある生花のはなびらを毟り、口に運んでいる。美味しいなあと呟きながら。


わかっていることだけれど。


彼女は、すこし、おかしい。