そして翌日、正装代わりに高校の夏服に身を包んだ菜乃華は、日課である朝の境内掃除を終え、早速神田堂へ赴くことにした。

 封筒に入っていた地図を手に、まずは九重町の中心、ここのえ商店街を目指す。
 ここのえ商店街は、この町で最も活気溢れる場所だ。大型ショッピングセンター等の台頭でつぶれていく商店街も多い昨今にありながら、多種多様な個人商店が今も元気に軒を連ねている。正に九重町のシンボルと言えるだろう。もちろん菜乃華も、幼い頃からお世話になっている。

 そんな商店街の一角で、菜乃華は立ち尽くしていた。

「本当に、ここで合ってるんだよね……?」

 路地を前にして、表情を引きつらせる。

 そこは写真屋と和菓子屋の間にできた、文字通りの細い路地だった。道幅は一メートルくらいで、人が一人通るだけで精一杯といった感じだ。幼い頃から商店街に通っている菜乃華でさえ、今まで気付かなかったような道である。

 本当にここが、神田堂へと続く道なのだろうか。手元の地図と目の前の路地を、何度も交互に見比べる。

 しかし、何度メモを確認しても、やはり間違いはない。祖母からもらった地図は、この道を指し示している。神田堂は、この路地の先にあるのだ。

 恐る恐る路地に近づいて、中を覗いてみた。

 路地の中は、昼間とは思えないくらい薄暗い。おそらく道が細過ぎるせいで、太陽の光も届かないのだろう。神主の娘がこんなことを言うのもなんだが、お化けでも出てきそうな雰囲気である。正直な感想を述べるなら、入るのはちょっと遠慮したい道だ。

 だが、地図がここを示している以上、進まないわけにはいかない。なぜなら自分は祖母から神田堂を托され、自らの意思で継ぐと決めたのだから。
 路地の先を見つめ、勇気を持って第一歩を踏み出す。

「……外から見るより狭いな、ここ」

 路地に入った瞬間、思わず驚き混じりの声を漏らしてしまった。

 中に入ってみると、商店の壁に挟まれた路地は、外から見た時よりもずっと狭く感じられた。それに、表通りよりもかなり埃っぽい。試しに人差し指で壁に触ってみたら、指先が埃で灰色になった。これは気をつけて歩かないと、制服の紺地のスカートが裾だけ別の色になってしまいそうだ。思いもよらぬ大誤算である。

 こんなことならスカートじゃなくてデニムとかで来ればよかったと、菜乃華は指先に付いた埃を払いながら、心の中でため息をついた。後悔先に立たずとは、このことだ。
 せめて制服を汚さないようとスカートの裾を押さえ、慎重に路地を歩いていく。

 すると、ほどなくして路地の先に丁字路が見えてきた。

 メモの指示に従い、そこを左に曲がる。曲がった先も、写真屋の裏手と民家の塀に挟まれた、細い路地だ。その道を進み、次の曲がり角を右に折れる。進んだ先はまたもや丁字路で、今度は右折だ。

 その後も、細い道を右へ左へと曲がりながら進む。自分がどこを歩いているのかわからなくなるくらい、何度も角を曲がっていった。これでは、ほとんど迷路だ。九つ目の角を曲がり、一息つきながら膝に手をついた。気分はさしずめ、不思議の国に迷いこんだアリスといったところか。もっとも、こんなところにチョッキ姿の可愛らしい白うさぎはいそうにないが。

 商店街からはすっかり離れてしまい、今歩いているのは民家の間を走る道だ。これまでの路地より道幅は広くなったが、右は生け垣、左は板塀となっている。地面は舗装もされておらず、土が剥き出しだ。

 自分が歩いてきた順路を思い出しながら思う。これではまるで、わざと店にたどり着けないようにしているみたいだ、と……。

「お祖母ちゃん、こんなところで何の店をやっていたんだか……」

 人が来るのを拒絶するような場所で開いている店。こんなところに来る人がいるのだろうか。
 だが、その答えもすぐにわかる。膝から手を放し、まっすぐ前を向く。

 見つめた先にあるのは、行き止まりだ。

 商店街から続いた道は、そこで終わり。代わりに一件の建物が、菜乃華を出迎えるように、入り口のガラス戸を見せていた――。