「ありがとうございました。お大事に」

 神田堂のガラス戸が開かれ、お客さんの付喪神が帰っていく。瑞葉と一緒にその後ろ姿を見送り、菜乃華はほっと一息ついた。

「お疲れ様、菜乃華。さて、道具を片付けて、お茶にでもしようか」

「賛成。寒い日は、やっぱりこたつで熱いお茶を飲むのが一番だもんね」

 フッと微笑む瑞葉に、菜乃華も満面の笑顔を返す。

 あの紅葉狩の日から、およそ一カ月半。気持ちを確かめ合った菜乃華と瑞葉は、まだぎこちないながらも、恋人としての少しずつ仲を深めていた。劇的に生活が変わったわけではないが、確かに近くなっていく心の距離を感じ、満ち足りた日々を過ごしている。

「菜乃華さん、幸せそうですね……」

「お前さん、これ見てもまだ諦めてないのかよ」

「いや、さすがにもう頑張って吹っ切りましたよ。すごく未練たらたらで、たまに瑞葉さんに呪いをかけたくなりますが……。けど、僕にとっては菜乃華さんが幸せに笑っていることが一番です。我慢します」

「そうか……。まあ、一応お前さんも、成長したんだな……?」

 後ろから、最早恒例になったやり取りが聞こえてくるが、BGMのようなものだ。気にしない。もし本当に瑞葉に呪いなんてかけたら、この血に宿った土地神パワーを気合で覚醒させて、全力呪詛返しをするけれども……。

 ともあれ、瑞葉と手分けして、修復の道具や使用済みの消耗品を片付けていく。こういう小さな共同作業も、今ではかけがえのないものに思えてくる。恋の力とは、恐ろしいものである。

 話は飛ぶが、学校では瑞葉と両想いになったことが、早々に唯子にばれた。それも、紅葉狩翌日の月曜日にあっさりと。どうやら自分は、傍目から見てもすぐにわかるくらい、幸せオーラを振り撒いているらしい。

 結果、嫉妬の魔王にジョブチェンジした唯子に「う~ら~ぎ~り~も~の~」と追いかけられたが……これもたぶん幸せ税というやつだ。ちょっときつめの恐怖体験だったが、友情にヒビは入らなかったので良しとする。今でも「このリア充め!」と、ことあるごとに舌打ちされるけれど、そろそろ慣れた。現に幸せなので、まったく堪えないし。

 というか、唯子も見た目は可愛いのだから、さっさと彼氏を作ればいいのだ。その気になれば、きっとすぐにできるはず。言ってくれれば、協力することだってやぶさかではないし……。

「どうかしたのか、菜乃華。手が止まっているが」

「へ? あ、ごめん。何でもないよ」

 どうやら親友へのお節介を考えるのに夢中になり過ぎてしまったらしい。いつの間にか、片付けの手が止まってしまっていた。瑞葉に何でもないと手を振りつつ、片付けに戻る。
 さすがに四カ月以上続けてきた仕事だ。余計なことを考えていなければ、スムーズに終わる。あっという間に、作業台の上はきれいになった。

 仕事も終わり、瑞葉と揃って居間に上がる。居間では、蔡倫と柊、そしてクシャミがこたつでぬくぬくと暖を取っていた。こちらも、最早見慣れた光景である。瑞葉には先に休んでいてもらい、自分は台所へ行って、二人分のお茶を淹れる。

「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 いつものように瑞葉へ湯飲みを渡し、自分の分の湯飲みを卓袱台に置いて、こたつに入る。冷えていた足がじんわりと温めらるとともに力が抜けていき、体が完全にリラックスモードに入った。

「はふ~。癒される~」

 卓袱台に顎を載せ、菜乃華はぬくぬくと幸せを噛み締めた。これこそ、正に冬の醍醐味だ。

「もう五時か……。おそらく今日は、これ以上客も来ないだろう。残り一時間、ここでゆっくり過ごすとしようか」

「うん! ありがとう、瑞葉」

 年の瀬も迫ったこの時期、一度こたつの魔力に捕らわれたら、もう抜け出すことはできない。寒々しい土間に戻るなんて、もっての外だ。瑞葉の心遣いに感謝である。

 ただ、こうなると一時間を持て余すというのも確かだ。こたつからは出たくないが、テレビもない居間で一時間座りっぱなしは、正直暇である。
 つまり、暇つぶしがほしいわけで……。と、そこで菜乃華は、はたと閃いた。