「結衣って猫みたいだよね」
気まぐれで全然懐いてくれない。

口を尖らせながらそう呟いたキミに、私は呆れた視線を向ける。

何を言っているのか。こちらは必死に懐かないように努力をしているというのに。


*****


高校時代。
ねぇねぇ広瀬さん、と満面の笑みで話しかけてくるその姿はあまりに眩しかった。

黒目がちな大きな瞳を目一杯細めて笑うその笑顔に、一体何人の女が騙されたのだろうか。


キミとは高校3年間同じクラスだったけれど、あまりに眩しいその姿に気が引けてほとんど話すことはなかったのに
なぜ卒業して別々の大学の1年生となった今、キミとの接点が出来たのだろうか。

そしてなぜ、今キミは私の横に寝転がって、さらにあわよくばキスをしようとしてくるのか。

これは神様からの試練なのだろうか。


事の発端はなんてことない、ただのSNS。
なんとなく呟いた、東京遊びにいこうかなぁという私の一言に
東京くるならうちにおいでよ、と返信してきたキミのせい。

なんだかんだで結局2人で幾度か会い、そして今日。


私はキミの家に来た。


これできっとすべて終わり。


「おいで、結衣」


薄暗くなった部屋で、こちらに手を伸ばしてきたキミに身を任せ、目を閉じる。

触れた唇は、ひんやりと冷たかった。

キミのいつもは明るく輝く太陽のような瞳が、今は燃えるような熱さを放っている。
私の身体はその熱にやられたようにどんどん熱くなっていくのに対し、
やけに冷えたキミの唇が印象的だった。

一枚、また一枚キミとの距離が近くなっていく。

二人とも熱くて溶けてしまいそうで、その熱に勘違いしてしまいそうになる私を
冷たいキスが現実に引き戻す。

けれどキミとの距離がゼロになった時、私は確かに幸せだった。


「結衣、かわいいね」


そう言ってふわりと笑う嘘つきなキミは、決して嘘をつかない。

どれだけ身体を重ねても、気持ちだけは重ならない。


噓つきな私と誠実なキミは、最後まで「好き」も「アイシテル」も言わなかった。


*****


シャワーを浴びて戻ってきたキミの瞳はさっきとは打って変わってひどく冷静で。

その瞳に私は安心する。
暗黙の了解を、確認することが出来たから。


「じゃあね、智くん」

「…うん、気をつけて、結衣」


振り返らずに私は去る。

その他大勢の内の1人として振る舞うために。


「…好き、だったよ」

零れ落ちた言葉は、風に流され消えていった。