(——…お嬢様)


その呟きは、彼女が隠している想いと同様に、声には出さない。静かに、したたかに、胸の内側で燃やし続けている。

運転席に座っている執事・伊尾は、ハンドルを握る手に力を籠めて、見慣れたビルの前にある信号で左折した。

曲がる瞬間、彼の目は彼女の姿を見ることが出来るミラーへと動いた。無論、彼女を垣間見るためだ。

彼は彼女が車を曲がるときになると、その目が窓の外へと向かれるのを知っている。

その極めて短い時間だけ、彼は彼女を見るのだ。


彼女の想いに応えられない代わりに。

ほんの少し、一瞬だけ。

顔を赤く染めている彼女のいじらしい姿を、盗み見る。