時は桜が匂う春。
新しい出逢いであふれているこの季節が、私は一番すきだ。


(さあ、がんばろう)


そう意気込んだ私は、世間でお金持ち学校として名が知れ渡っている有名な私立高校の門を出た。

その先には創設者の像があり、それを囲うようにある道には、無数の外車が停まっている。その中で見慣れた人間が運転席のドアの外へと出る姿を見つけた私は、胸が高鳴っていくのを感じながら、彼の元へと駆け寄った。


「いおっ」


いお。そう私の口から出て行った言葉は、今日発した音の中で一番あまい響きを持っていたと思う。


「お嬢様」


私の声で振り返った彼・執事の伊尾は、いつものように柔らかな笑顔を浮かべると、一礼して私の鞄を受け取る。
その様を見ていた他の生徒が、彼の姿を見るなり黄色い声を上げ始めた。


「伊尾は相変わらず人気ね」


ため息とともにそう吐き出せば、伊尾は困ったように笑う。


「そう言われましても。…私の一番は、雅お嬢様なので」


だからそれ以外には興味がないのです、という甘美な台詞に、私の心臓は破裂寸前になった。


「…そういうこと、平気で言うんだから」


「お嬢様が思っている以上に大変なものですよ」


「何が大変なの?」


彼は私の質問に答えなかった。
今日も曖昧に笑って、後部座席のドアを開ける。


「さあ、帰りましょう。旦那様がお待ちですよ」


私は笑って頷き、車に乗り込んだ。
そして、真剣な表情で車を運転している彼を、ミラー越しに盗み見る。

そんな私の目は、今日も彼にくぎ付けだ。なのに、一度も視線が絡まることはない。


彼は知っているのだ。
私が今日も胸の内で燃やしている、秘めた想いの名前を。