インは静かにかぶりを振った。
「それは所謂上層民が住むところ。ぼくらは下層民ってやつさ。そいつらに反逆しようとしたやつや、その子孫が住む城壁の外。人が多いとそれだけ反乱分子も増えるからね。上層民は住民の数をコントロールしてるんだ。」
「なるほど?……でもさ、なんで王様たちへの反乱じゃなくて神様が相手になるわけ?」
いいところに目をつけた、とインは嬉しそうに声を出す。
「そりゃあ、別に国の舵取りがしたいわけじゃないしね。苦しむ下層民を救いたい、とかそんな崇高な目的じゃないのさ。むしろここの暮らしは嫌いじゃない。ぼくらはただ、ぼくらを苦しめる元凶を作った、みぃんなが崇拝する神様が嫌いなだけ。恨みを晴らしたいだけだからね。」
ここの暮らしは嫌いではない、と言うのならは苦しめた、とはどう言うことなのだろう。少し矛盾しているように感じられた。追求しようと思ったが、インの顔を見ると、すっかり笑みは消え、冷ややかな表情を浮かべている。
「……下克上、は適切じゃなかったかな。殺したいのさ、神様を。まだアーティファクトは増え続けている。つまり、神様はまだ生きてるってことだろう?」
声のトーンを落とし、言う。ずしりと空気が重くなる。先程から感じていた息苦しさは更に増した。
「神様は絶対、なんだろ?できるのかよ。」
「やるのさ、散々辛酸を舐めさせられたからね。さっき王様たちが神の遣いと偽って……って話はしたろ?」
またインは笑顔を作る。そしてユィンと痩身の男を指差した。
「そこの二人は本物の神の遣い、なのさ。アーティファクトを使わなくても神の力の一部を使える。そう言う奴らが時々生まれるようになったのさ。そしてそれのせいで色々と苦労があってね。詳しい事はぼくが話すことじゃないから……それぞれ本人に聞いてくれ。—まあそんな感じの理由が各々あってね。同じ目的……神を弑逆したい人が集まってるわけ。」
「長ったらしくてごめんね。要約すると、私たちは表向きは情報屋をしていること。本当の目的が、アーティファクトを全部回収、破壊すること。そして神様を殺すこと。この二つよ。」
ツォンミンがすかさず補足をした。少しだけ空気が緩み、息がしやすくなった気がした。
「まあ、そういう感じだね。理解できた?」
頷く。インはまた口の端を釣り上げて笑った。九割がた、ほとんどいつも笑みを浮かべてはいるがどうにも嘘くさい。
「じゃあ理解した上で聞くけど、君はぼくらを裏切らないと約束する?いざってときには死んでもらうことになる。もちろん、前にも言った通り粗末に扱うつもりもないけど。」
「参考までに聞くけど……嫌だって言ったら?」
「まあ、そこのお兄さんに骨も残さず食べてもらうか—」
「待て、食べてもらうってなんだよ!?」
平然というものだから思わず流してしまいそうになったが、どう考えてもおかしい。
「まんまの意味だって。表向きクリーンな集団ってことにしてるからな。ショーコインメツだよ。……骨は別に食いたくねぇけど。」
食いたい、食いたくないの問題ではない。どう考えてもこの集団はおかしい。それを改めて実感した。
「そうそう。あとは、身一つでどこか人気のないところに捨てるか、かな。国の体制とかは殆どの人間の知らないことだし、話を聞かせちゃった以上、基本口封じをする方向で。」
「お弁当くらいは持たせてあげたいけど、この人がそう決めちゃったら私も従うしかないのよ。ごめんね。」
唯一まともな部類と思っていたツォンミンもこの調子のようだ。詐欺紛いの手法だが、一度同意をしてしまっていることもある。生きる為にはここで断る、という選択肢はそもそも与えられてはいないのだろう。
「……わかった。一回入るって言ったからな。」
「いい判断だ。」
満足そうに、今度はちゃんとした笑顔で、インは言う。—いや、それはもしかしたら気のせいかもしれないけれど。それでもここに本当に受け入れられたような気がした。
「それに、食べられるのはごめんだし。」
最後に皮肉のように、そう付け足した。