体を揺すられる感覚でぼんやりと目が覚める。ここで起きるのはもう二度目になるから、流石に混乱はしなかった。けれど、よく知りもしない人や場所でこうも簡単に眠ってしまうとは、自分の警戒心のなさに苛立った。
「起きた?体調が優れない中悪いけど、全員揃うのも珍しいし、さっさと自己紹介と説明を済ませたいんだよね。」
俺を起こしたのはインの方らしい。やはりツォンミンとは違って無遠慮だ。しかし、まあインの言うことも最もだ。こっちとしてもさっさと話を進めてしまいたい。連れてこられた時には真上にあった太陽ももうすっかり傾いて、部屋は赤く染まっていた。
「わかった。」
体を起こしても、特に怠さはない。もうすっかり熱も下がったようだ。風邪にしては回復が早いし、疲れでも出ていたのだろうか。記憶がないものだから疲れる要因にはとんと検討もつかないが。
「自己紹介、の前にここの説明をしようか。」
インが大きな一人がけの椅子に座ると、空気がすこし重たく、冷えた。他の皆もそれぞれインに倣うようにソファに座る。俺の前の、インに一番近いところにツォンミン、その隣はユィン。その隣—というか、ソファの座るところではなく肘掛の所にインに背を向けるようにして—痩身の男は座った。
「まず、ぼくたちは所謂……情報屋をしてる。情報を集めて、欲しい人のところへ対価をもらって売るのがお仕事。」
「……散々脅しておいて、それだけ?」
正直、拍子抜けだ。あれだけ回りくどい言い方をしておいて、それだけなのか。しかし俺のそんな反応を見越していたのか、すかさずインは言葉を付け足す。
「—っていうのが、表向きの仕事ってだけさ。実際の目的は別にある。それの為ならなんでもする。ざっくり言うなら盗みもするし、人殺しもする。まあここらじゃそんなに驚くことでもないかもしれないけれど。……だから大事なのは目的な訳なんだけど。」
空気がひりつくのを肌で感じた。その場にいる全員の七つの目が冷たく刺すように、俺を見据えた。皮膚がちくちく痛むような錯覚がする。じんわりと腕に浮かんだ鳥肌をさすった。
「ぼくらの目的は下克上をすることだ。神様にね。」
「かみさまに?」
迂遠な言い回しが好きなのだろうか。何かの比喩だろうか。—それとも、ふざけているのだろうか。しかし刺すような視線は変わらない。空気も重く、息苦しい。どうやら冗談ではないことだけはわかった。
「この世界には唯一無二、絶対の神様がいる。それは知ってるかい?」
「……しらない。」
「変な記憶の欠損の仕方してるよねえ、君。基本的にはエピソード記憶が抜けてるタイプだと思ったけど……まあ、その辺はまた追々かな。—で、神様の話だね。」
正直、かみさま云々の話より記憶の方が興味があるのだが、黙っておいた。どちらも俺の今後に関わる話になるだろうことに変わりはない。
「神様がわからないって言うなら、ざっくりと歴史の話でもしようか。……この世界はね、唯一絶対の神様が存在してる。その神様は文字通り万能の力を持っていて、とても気まぐれだった。気まぐれに人を助け、気まぐれに殺す。まあ一種の自然災害みたいなものだね。恵みになることもあるけれど、抗いようもない存在だった。そんな神様を信奉しながら世界は栄えていった。集落を作って、やがては国になって……しかし、ある日突然神様はその力をぼくらにばら撒いてからは干渉もなく……雲隠れした。」
「ばらまく?」
インは頷く。
「そう。文字通りばら撒いた。アーティファクトと呼ばれる箱に力を閉じ込めてね。」
「……それが?」
「想像してごらんよ。突如として神様の力が人の手に渡ったんだ。物として。とっても便利な力がね。そうしたら、どうなると思う?」
「……奪い合いになる?」
答えると、インはなにが楽しいのか、笑みを深める。
「そう。国同士での奪い合い。小競り合いは今までもあったけどね。そんなの比じゃないくらいの規模さ。どこもかしこも戦争だらけ。人智を超えたアーティファクトを使った、ね。そうなったら戦死や飢饉、いろんな問題が起こる。国が減って、次は人同士の争いだ。……今でこそ、落ち着いてきたけれどね。数人の貴族、王様がアーティファクトを独占して、その存在を秘匿した。自分達を神の力を使える神の遣いだと偽って……そいつらを頂点とした国を作ってる。」
「それが、ここなわけ。」