「嫌だ。」
断ると、ツォンミンはやはり驚いた顔をした。いや、でも、この人達の言うように家族になろうと突然言われて二つ返事で了承なんて、早々しないだろう。そもそも突然そんなことを言われる機会なんてないだろうが。
「第一、見ず知らずの奴に家族になろうだなんて言われたってはいそうですか、なんて言えるかよ。俺はあんたらの名前しか知らないし、そっちなんて俺の名前さえわからないくせに。なにを企んでるわけ?」
「あら、てっきりおとなしい子かと思ってたけれど……結構言うわね?」
「……さっきまでは熱で浮かされてたからな。考える脳も無かったんだ。記憶もないからわかんないけど、多分昔から俺はこんな性格だよ。それで?俺を家族とやらにして、あんたらのメリットは?なんかあるわけ?」
ツォンミンは少し悲しそうな顔をする。少し、良心は痛むが、だって仕方がない。利点もなく突然家族になろうだなんて見ず知らずの他人に言う。そんなのを信用出来るわけはない。しかし、悲しそうなツォンミンとは裏腹に、インはむしろ先程よりも楽しそうな顔で笑っていた。—つくづく、信用ならない。
「ツォンミンはメリットなんか無くても引き取るだろうけど……残念ながらぼくは違う。君の言うとおりメリットがあるからさ。家族って言い回しが気に入らないなら雇い主と部下、でも構わないよ。」
「は、やっぱりね。その言い方のほうがまだマシだ。薄ら寒くない。人体実験でもする?それとも危険な事をさせる鉄砲玉役とか?」
「ホンット捻くれてるねえ、君。多分、記憶をなくす前の君はよくわかってたろうけど、君に選ぶ自由なんてないんだよ。今の君じゃよく覚えてないだろうけど、この世界で記憶もない餓鬼がたった一人で生きていけると思うかい?……これは提案じゃない。そもそも、ぼくも彼女も家族になろう、だなんて誘ってるわけじゃない。なるしかないんだ。君は。」
口元は笑っているが、目は笑っていない。たしかに記憶もない子供一人で生きて行けるほど甘くはないだろう。しかし、ここでいつ毒を盛られるかもわからない暮らしをするのだって同じくらい危険なはずだ。
「ううん、頑固だねえ。というか、ぼくへの信用がないのか。でもとりあえず君の言う人体実験とかはしないつもりだよ。ちょっと危険なことはそりゃあ、あるかもしれないけれど。君を粗末にすることはしないさ。そこは信用してくれていい。といっても、信用がないからね、無理な話かな。ははは!」
「ごめんね、この人こんなので。けど、嘘は言っていないわ。そこは信じて欲しいの。この人は、利益中心に動いているけれど、私としては君を家族として迎え入れたいって思ってるのよ。ああ言っても無理強いはしたくないと思っているし。それは誓って本当だわ。」
インの方は信用できない。けれど、ツォンミンの言うことは信用してしまいそうな、そんな雰囲気があった。少し気を許してしまいそうになる。どうやってこの場を乗り切って、逃げてしまおうか、そんなことを考えていると、扉の開く音が聞こえた。
「……もどりました。」
「おい、イン!俺にガキのお守りなんてなんのつもりだ、もう絶対やらねえ—あ?こいつは…」
現れたのは、痩身の男と—女の子だった。
「——っ!」
「ユィン、篝。おかえりなさい。今ちょっと立て込んでて…あら、ユィン?」
「だれ……。」
俺を見つけるなり、ユィンという女の子はツォンミンの影に隠れてしまった。隠れつつも、金色の大きな瞳で俺のことをじっと見つめる。
「君、顔が赤いわよ?……—もしかして。」
顔が赤いのは言われなくてもわかっていた。指摘されたことが恥ずかしくて、さらに顔が熱くなる。
「や、その……ね、熱でもぶりかえしたかな……!」
警戒はとかぬまま、ユィンは訝しげに俺を見つめた。じっと、考えていることすら見透かされそうなくらいに。
「あのね、ユィン。この子は新しい『家族』なの。年頃も同じくらいだと思うし……仲良くしてあげてね?」
「あたらしい、かぞく……。」
ユィンはツォンミンを見つめて、少し眉を下げて困ったような顔をした。そして俺をまた見つめて、先程よりも体を少しツォンミンから乗り出して、出方を伺うように、俺を見つめた。
「いやいや、まだこの子の了承は——」
「ゆぃ……ゆ……きょ、今日から家族になります、よ、よろしく!」
「……よ、よろしく………」
困った顔で、ユィンはようやくツォンミンの影から出てきてくれたのだった。