綾音は目を開けた。

「綾音!」

両親が覗き込む。

「…お父さん、お母さん…」

2人はホッとした表情を作る。

「俺たちのこと、分かるか?」
「…うん」

父を見て綾音がふっと微笑んだ。

「覚えてる?入学式のとき、私、裕ちゃん先生見た途端に突進していったの」

「…え?」

父が不安そうに聞き返す。

「あれ?」
綾音は自分がおかしい事に気付いた。
入学式には行ったばかりなのに、何を言っているんだろう?まるで懐かしい記憶のように感じる。

不安そうな大人たちが綾音はを見つめる。

綾音は父を見た。
…なんだろう?この気持ち。胸が高鳴ってどきどきする。

「綾音、顔が赤いわ。熱が出たのかしら?」

「だ、大丈夫」
母の問いに慌てる。

…母?この人は私のお母さんだったっけ?
この人のほかにもお母さんって呼んでいた人がいた。
じゃあ、この人は?

綾音は混乱していた。

「私のお母さんは綾香だけど…初音って人もお母さんだよね?」

沈黙が流れた。

「やはり、共有しているようですね」

橘が口を開いた。

「共有?なんこと?」

綾音の問いに大人たちは口をつぐんだ。

言ったほうがいいのか、悪いのか…

「私もこんなケースは初めてです。あんなに強い意志がいまだに残っているのも」

橘は言った。綾音にはなんの話なのかわからない。

「綾音。催眠中のこと、覚えてる?」

母が不安そうに尋ねる。

「…ううん、意識が遠くなって気が付いたら頭痛だった」

父はうなだれていた。
「どうしたらいいんだ…」

そんな父を見ると懐かしい。
でも、年を取ったなぁ。それでもかっこいいけど。白髪とか生えてなくてまだよかった。

「待って待って、お父さんはもともとおじさんだよ」

頭を振って自分を落ち着かせようとする。

「ねぇ、私おかしいよ?」

綾音の問いに橘が口を開く。
「…君はね、かをりさんと記憶を共有したんだよ」

両親は橘の言葉に驚く。
何故言うんだ…?

「共有?」
「そう、かをりさんの記憶もあるだろう?」

この記憶はかをりのものなのか?だからお父さんを懐かしいと思うの?

でも…この人は私のお父さん。
それでもこの胸のときめきはなんだろう?そう、今までよりもずっとかっこよく見える。

懐かしい記憶もある。いじめられて辛った記憶も。
でも、綾音としての記憶もある。
楽しい食事も両親との思い出も。

押し黙った綾音に父は言った。

「綾音、帰ろう?」

「上屋さん、この状態では…」

止めようとする橘に父は言った。

「もう…、もうどうにもならないじゃないですか…」

橘は次の言葉を言えない。何とかして出たのは謝罪だった。

「申し訳ありません…」
「いえ、いつかはこうなっていたと思います。またご連絡してもいいですか?」
「もちろんです!待っています」

そんな橘を残してマンションを出た。