私がリストカットを始めたのは中学三年生の夏だった。きっかけは、失恋。初めて愛される喜びを知る。しかし、幼い二人は結局破局をむかえる。
何故、別れなければならないのか?なにが悪かったのか?幼い私には別れという事実を受け入れられる余裕などなかった。
ただ、毎日泣いて、わめいて、家族をまきこんで大暴れの日々。たかが失恋。誰でも通る道。そんな当たり前にある日常を受け入れられなかった。
相手を怨み、相手の新しい彼女を妬み、最後にいきついたのが自分を責めることだった。
(私がいけなかったんだ…私が…)
自分が鏡に映ることを嫌った。自分自身が憎かった。そして初めて手首を切った。死ぬつもりだった。家中の薬をかき集め、大量服薬、そしてリストカット。その後の何日かの記憶はない。私はそのまま入院したのだ。
幸い、死に至ることはなかった。発見が早かったからだ。目を覚ますと、ベットの横で母が泣いていた。
「私のせいだ…」
母は自分を責めているようだった。小声でそういい、脱力した体を病室の壁にもたれかけさせ、泣いていた。
しかし、私はというと、生きていた喜びなど少しもなかった。なぜ、死ねなかったのか…?それだけが頭の中で、壊れたテープレコードのように何度も何度もリピートされた。
それから私は学校へ行けなくなった。田舎町だった為、入院した先の看護婦に同じ中学の母親がいたらしく、その子供から学校中に噂が流れ、そのうち町全体に流れてしまった。
失恋ごときで…そう思うであろう。しかし、その頃の私には命をかけてもいいくらい、恋に夢中だったのだ。
学校へ行かなくなり、いわゆる引きこもりになった私に、ある日、一本の電話が入る。
「ゆきちゃん?おねぇちゃんが今遊びに来てるからゆきちゃんもおいでよ。」
一番上の姉の同級生からの電話だった。顔も知っていたし、なにより、姉に会いたいという気持ちが強かった私はすぐ返事をした。その頃姉は、実家から離れ、車で2時間程のところにある町で一人暮らしをしていた。姉は昔から私にとって憧れだった。自暴自棄になった私に、回りは腫れ物を触るように接していたが、姉だけは、今まで通り接してくれていた。夏以来会っていない姉に会える!はやる気持ちを押さえながら、真夜中の外へ飛び出した。
季節は少し肌寒い、11月31日、午前2時を過ぎたところだった。