今言わなくても、いつかわかるのに。
なんて言わないけど。
「上田だよ。」
「あ、そうじゃなくて下の名前。」
下の名前?
別に苗字だけでよくないかな?
不思議に思いながらも、素直に下の名前を言う。
「下の名前は優梨。」
すると彼は満足そうに笑った。
「じゃあ、優梨。」
さすがの私もいきなり下の名前を呼び捨てで呼ばれた上に、男にそんな呼ばれ方されるのは今じゃ全然ないから驚いた。
「俺は桐原(きりはら) 颯汰。
颯汰でいいよ。
これからよろしくな。」
「うん、よろしくね。」
さすがの私でも、馴れ馴れしく名前呼びできるわけない。
そんなことしたら誤解されそうだし。
だから名前のことはスルーして笑顔で返したら……
「あ、あとさ優梨。
その作り笑顔、不自然だよ?」
人懐っこい笑みは変わらないままそれだけ言い残し、先に彼が教室に入っていった。
少しの間ドアの前で立ち止まってしまう。



