バリトンサックスを片付け終わり、立ち上がる。

 優衣ちゃんも片付け終わり、俺の隣に立つ。

 音楽室に戻ろうとドアノブに手をかけた瞬間だった。


「玄蔵先輩………嫌です」

「え?」


 不意に優衣ちゃんに名前を呼ばれて顔を向ける。

 優衣ちゃんの目に、少しずつ涙が溜まっていくのがわかった。


「玄蔵先輩が引退するの、嫌です」


 ボロボロと大粒の涙を流しながら、優衣ちゃんが俺に近づき、袖口を掴む。

 普段の彼女からは想像できないその行動に、俺は狼狽えるしかなかった。

 だって、いつも凛としていて、真っ直ぐな彼女が泣いているのだ。


「玄蔵先輩、引退しても、絶対遊びに来てくださいね」