さて、今のうちに楽器片付けないと……。
音楽室と準備室を繋いでいるドアを開けると、準備室には誰もいなかった。
バリトンサックスのケースを床に開き、丁寧に磨きながら片付けていく。
学校の備品であるため、いずれ新しく入部してくる、未来の後輩の手に渡る。
せめて少しでも、良い状態を保ったまま渡してあげたい。
俺が初めてこのバリトンサックスを見た時、あまりの美しさに驚いたことを覚えている。
何人もの人の手に渡ってきたこれが、それだけ大事に大事に使われてきたことが分かる。
ふと、ドアが開く音が聞こえてドアの方を見ると、バリトンサックスを片付けに来た優衣ちゃんがたっていた。
「玄蔵先輩。お疲れ様です」
「優衣ちゃんもお疲れ様」
優衣ちゃんがニッコリと可愛らしい笑顔を俺に向ける。
頬には涙を拭いたあとがあり、目はほんのり充血していた。
……ああきっと、アルトサックスの原さんのために泣いたんだろうな。
舞台でも泣きながら演奏してたし。
俺のために泣いたわけじゃないということはわかりきっている事だけれど、なんだか少しさみしいという思いが心の中を埋め尽くす。
優衣ちゃんはケースを引っ張り出し隣にしゃがむと、ケースを開いて片付け始める。