君がいなくなったって【短編】

駅に着く頃には息も切れ切れになっていた。


時刻表を見ながら肩で息をする。

きっとあの子なら、こんな距離どうってことないんだろうな。

ボーっとそんなことを考えている自分にハッとして、卑屈になっちゃダメじゃん、と頰を叩く。


たた、こうとした。


のに。


「バカナナ。
こういう時だけ火事場の馬鹿力で脚力見せつけんじゃねーよ」


頬に当たると思ったその手のひらは、額に汗を浮かべて目の前に現れたヒロの手の甲を叩いた。

状況を飲みこめずに固まったまま動けない私の頬に、ヒロがそっと手を寄せる。


「ごめん」


唐突な謝罪に、はてなが浮かぶ。


固まっていた脳を動かして、ああ、そういうことか、と理解した。


「ヒロ。謝らなくていいよ。
あの子、可愛いもん。私なんかよりあの子を選んだヒロの気持ち、わかる。
私、別れようって言いに来たんだ。
でも、いらなかったね。
ヒロの中ではとっくに終わってたって事、気づかないでいつもしつこくして、私の方こそごめん」


そっとヒロの手を離しながら、ゆっくり言葉を紡ぐ。


口角を上げて、瞬きすれば落ちそうな涙を堪えて。


「ヒロ、幸せになりなよ」


するり、とヒロの手が離れた時、ちょうど電車が来た。


ヒロを置いて電車に乗る。


ドアが閉まる直前、無理やり満面の笑みを作って、ヒロの目をしっかり見て。


「ヒロがいなくなったって、私は幸せになれる」



ガタンゴトンとヒロが離れていくのは、涙でぼやけた視界では見えなかった。