この日の朝は暖かかった。
5月というのもあってか、桜は完全に散っている。ちょうど1ヶ月前、市内にある吉馬高校に入学した加川要は、ピンポーン♪とインターホンが鳴ると、「今行く」とだけを言い玄関へ向かった。要は玄関前の事大きめの鏡を見ながら制服のスカートのしわを直し、家を出た。
「お待たせ、佳奈、梓」と要が言い、「おはよー待ってたぞ〜」と梓、「ちょっとだけどねー」と佳奈が返し、三人は学校への通学路を歩き出した。

学校に着くといつもの話し声が聞こえる。「加川は今日も相変わらず無表情だな」と。そうなのだ、要は感情表現が苦手、というよりこれといった感情もなく、常に無表情なのである。幼馴染の佳奈達は
「表情が無くたって会話が出来るんだから良いじゃない」、「気にすんなよー」等と言ってくるが、元から全くもって気にしていない。むしろ「無表情で何が悪い」と開き直ってるくらいだ。
そんなこんなで何もなく午前の授業が終わり、昼休みに入った。要はいつもの三人で集まり、昼食を済ませた後、廊下で特に意味もない会話をした。しばらく話していると…
「どいてー!」と一人の男子が向こう側から走って来た。急な事で要はすぐに動けず、男子と激突。「痛ってぇーって、あっごめん!」男子が素直に頭を下げてきて、要は「はい」と言い立ち上がった。すると、
「う~ん、怪我はないみたいだな。俺、立花快
D組ね」と言いながら彼も立ち上がった。
「おーい!快〜何やってんだよー」快の友達と思われる他の男子たちが快に向かって叫ぶと、快は「ヤベッ」と言いながらまたもや走り出した。「えっと君!何かあったら言いに来てー!D組だからね!」という言葉を残して。快が走り去ると梓がすかさず言った。「ああいう時は怒っていいんだよ?」
すると佳奈も「確かにあれはね、要とぶつかったばかりなのにまたすぐに走り出したし」快に対しての文句を口々に言う二人に要は、「心配してくれたのは有り難いが、何も無いし平気だ」と言ったがやはり二人は「本当かなー?」「無理すんなよー」と言って止まらなかった

放課後、要は本でも買おうかと近所の本屋へ行った。(どんなのが良いだろうか?)
要ぐらいの年なら普通、恋愛系にはしるのだが、要の場合恋が分からないどころか感情がないので話にならない。そんなこというと他の本も同じで全くと言っていい程ピンと来ない。(気分で本を読もうとしたが、これではな…)要が一人黙々と悩んでいると、「あ!君は…」と声をかけられた。相手は今日の昼ぶつかった「立花快ではないか」
名前をあてると快は「覚えててくれたんだぁ!」とまるで初めて仔犬を撫でた幼児のように跳びはねた。「今日は本当ごめんね」と快が言うので「全然大した事なかった」と要は答えた。その後も「ここにはよく来るの?俺は来るよー」等と快に話しかけられ、要は本を開いてはパラパラめくり、閉じるを繰り返しながら「私はあまり…そうなのかー」とながしていた。その時も口角は全く上がることなくやはり"無"のままであった。同じようなやり取りを15分程度続けた頃、「時間だ」と言って快が帰ろうとした。要が「さよなら」と手を軽く振ってみせると、快も嬉しそうに手を振って店を出た…かと思いきや、後ろから「ごめん、戻って来ちゃったw名前聞くの忘れてて」とちょっぴり舌を出して言ってきた。要は早く済ませようとムダなく答えた。「A組加川要。よろしく、そして今日はさようなら」要の言葉を聞いた快は、少し寂しそうにしたが「あ〜そうだね時間、要ちゃんまた明日☆」とすぐ笑顔になった。それに対して要が「はい」と返事をしたのを確認すると、今度こそはと快は店を出た。ここでやっと二人の会話は終了し、今日この日が要にはあまりにも薄い出会いの日となった。