「約15分、ですね」
嬉しそうに、八重歯を少しだけ見せて笑う。
そのタイムが早いのか、遅いのかも伝えない。
なぁ、15分もかかったんだぞ?
そう言いたかったけれど、うまく言葉が出なかった。
あぁ、そういえばあの日から喋ってないな……。
言葉すら、失ってしまったみたいだ。
「ハイ」
俺の返事を聞くと、星原さんはもう一度口を開く。
「榎田さん、移動できましたね。ちょっと、ほんのちょっとだけど、今世界は広がりましたよね?ベッドの上だけ、リクライニング車いすの上だけの世界から」
世界が広がる?
「今日、榎田さんは普通車いすになりました。普通車いすはリクライニング車椅子と違って、自分で操作して移動することが出来ます。自分で動けるんですよ!!ちょっと世界が広がりましたね」
星原さんは、邪気なんてない顔して弾んだ口調で俺に伝えてくる。
そんな顔で見つめるなよ。
胸の温度が少しだけ上昇した感じがする。

