俺の隣りには厄介なやつが住んでいる。



現在午後十一時四十分。

――ヴヴヴ

テーブル上で震える携帯が着信を告げた。
嫌な予感に押されながら恐る恐るディスプレイを確認する。
途端口から漏れる溜め息。

(……またか)

面倒だと心が拒否しても出ないわけにはいかない。それはこの前嫌という程経験済みだ。どうして番号を教えたりしたのかも、今更無意味な後悔だ。

「……もしも」

『っ助けて下さい!!』

「……」

『もしもしっ千石さん!? お願いします! 早くしないと奴が逃げ……あぁっ!』

電話口で悲痛な叫び声が聞こえ、俺は無言で電話を切り重い腰を上げた。向かう先は、決まっている。

――ピンポーン

その部屋に住む人間が出てくるのを待っていると、ドアの向こうから「開いてますー!」と声が飛んで来た。それに眉が寄るのを感じつつ、遠慮なく部屋に上がり込む。
俺の部屋とまったく同じ間取りなのに、何度来ても違和感は拭えない。

「ひゃぁぁぁっ!」

廊下の先の部屋から聞こえた悲鳴。と同時にドタバタと効果音が付きそうな物音。
やれやれと思い駆け足で部屋へ入ると、

「くっ来るなぁっ……ひっ。来るなってばぁっ!」

「………」

もう何度目になるだろうこの光景。この部屋の住人である人間が右手に百均で売ってそうなハエ叩き、左手に虫駆除のスプレーを携えて息を切らしながら室内を駆けずり回っている。

悲壮感溢れるこの光景は、やっぱり何度見ても悲惨としかいいようがない。思わず入り口で立ち止まり憐れみの目を向けていると、俺の存在に気付いたそいつが駆け寄って来た。目には涙が浮かんで今にも零れ落ちそうだ。

「千石さん! 遅いですよぉ! 早く、やつを抹殺して下さい!」

そう半ば叫びながらハエ叩きを渡してくるそいつに、これでも急いで来たんだがと文句を言いたくなったがとりあえずそれは後回しにするとして、俺は目下の最優先事項に取りかかる。

「……どこ?」

訊ねれば、そいつは緊張した面持ちで恐る恐る指を差す。

(なるほど、今日は“これ”か)