「まさか、又こうして君と会えるとはね」

「約束の余韻が偶然を引き寄せたのね…きっと」

「確かに…途切れた響きにしては氷の様に澄んだ音色だ。
二度目の偶然がシナリオ通りならね」

「興味深い詮索ね…だけど複雑に縺れた私情に筋書きなんてあるのかしら?
それに色落ちする冷却期間を装えるほど、私は器用じゃないわ」

「慣れ親しんだ距離感を取り戻す為の…言うなれば言葉のスキンシップさ。
見え透いた社交辞令だと他人行儀になるが、親睦を深める馴れ合いはネガティブな駆け引き同様、着地点が疎かになる」

「後ろ向きな意向を反映させないにしても、随分と思慮深いのね」

「両者とも互いの意にそぐわないだけさ、ぎこちない融和ムードを君は以前から嫌っていたからね」

気難しいメゾットを手なずけるには、心の時差に足を踏み入れなければならない。
タイムラグを半径とする自然体の傘へ、どうやって彼女のプライドを招き入れるかが今後の展開を担う上で重要な鍵となる。

「だと思った…ブランクとの歩調合わせに限らず、一歩、先を見据えた私の胸中にイニシアティブを譲るのが貴方のお人柄だから」

そこに主体性があるとするなら、あらゆる画策を封印してのリセットを模索しているのは確かだ。
だがそのシグナルは心に巣食う過去の残像とは別に、慈しみを募らせた僕なりの計らいさえも立ち止まらせた。

「気心の知れた私に予防線なんて不要よ、随分と意の込もったレクチャーだけど声のトーンで分かるわ…目論みと見せ掛け、実際は上質な気遣いだって事───」

だが伏し目がちに微笑むと、それに続く言葉をマドラーで掻き混ぜながら唇を噛んだ。

「でも…大人げないと思ってるんでしょ?」

それは1通のメールに端を発した、不可解過ぎる彼女の挙動だった。
その1行にも満たない定型文が送られてきたのは、約束の期日まで2日を切った午前0時過ぎの深夜───
残業の疲れを癒す為、都心を一望出来る南向きの窓枠にもたれ、バーボン片手にMusic Channelを聞き流していた時だった。
喧騒を脱ぎ捨てた街はアクアリウムの様に蒼く映し出され澄んだメロディーとも良く似合うが今回の様に彼女が僕の寛ぎを邪魔するのは希だ。
意味深な予感を滲ませる通知だと気付いたのも、23時以降の連絡を極力避ける僕と知ってのMidnight Callだったからだ…