餓狼は花を喰らう



獣医に通してもらった、場所にはヒナタが寂しそうに寝ていた。
いつものように丸まってじゃない、手足を伸ばして苦しげに。
それを見た途端息が詰まった、俺だ、俺のせいだ、中途半端なことばっかしてたからヒナタは目をつけられた、俺に叶わないから、俺の大切な弱いヒナタが狙われて、こんなになって。


ーーー涙が出た。
悔しいだとか、悲しいだとかそんなんじゃない。
憎しみのこもった涙だった。
許さない、許せない。
ヒナタをこんなにしたやつを。
ヒナタにこんな事をしでかしたやつも。

全部全部見つけて、壊してやる。
そんな気持ちに駆られて今にも人を殺しそうな気分だったのを止めたのは、死んだ目をした、オンナ。

オンナはまだ俺についていて、怒りに震える俺の手を優しく小さなその手で握りしめた。

「仇、取りいくんですか」

『...ああ』

「...負けないでくださいね」

『俺がそこらのやつに負けるかよ』

「違います、自分の欲求に...殺したいっていう...欲求に負けないでください。」

その声に思わずオンナを見ると、オンナは悲しげにギュッと瞼を閉じていた。

「相手が、どんなに憎くても、殺したくても...殺さないでください」

『...小さなヒナタをこんな目に遭わせる奴だ、そんなやつ...』

「っ、それでも...私たちにとって、その人が悪い人でも…他の人にとってその人はいい人かもしれないから、そしたら恨まれるのはあなただから…」

ぐっと閉じられた瞼から少し涙が溢れてるのを俺は唖然と見つめた。

「、そんな嫌なやつのためにあなたが憎まれて恨まれて文句言われるのは私は嫌なんです」

だって、こんなに
こんなに貴方は

そう言って濡れた瞼を開いて
潤んだ深い青の目を俺に向ける。

「こんなに貴方は優しくて、綺麗なのに……っ!」


意味がわかんなかった、俺が優しいとか訳がわかんなかった。
俺は自分でも知ってるし、自分がどんなに最低で残酷で冷たい人間か。
今だってヒナタをこんなにしたのは俺の行いのせいなのにこれをしたやつをまた殺しに行こうとか思っていた。
そもそも、俺は男で、綺麗とかわけわかんねぇし。

でも、でも...。

このオンナがあまりに、俺をまっすぐに見るから。
死んだ目をやめてまで俺に意思を伝えようとするから。

俺は不意に思ったんだ。


ーーーーーーコイツを泣かせたくない

それが、初めて得た、人に対しての優しい感情かもしれない。

『涙でぐしゃぐしゃですっげー不細工だなお前』

「っ、仕方ないじゃないですか、ヒナタちゃんこんな目にあっちゃうし、主さんまでなんか消えちゃいそうだし」

消える?何言ってんの?

『俺は消えねぇよ、消えるわけがねぇ。』

「...え」

『それと、俺は主さんなんかじゃねぇ』

「だって、名前...知らないし」

『悠翔(はるま)』

「...え?」

『とろいやつだな、ブスの上に頭まで悪いのか?救いようがねぇな』

「え、っと...はる、まさん?」

『んだよ』

「っえへへ悠翔さん」

『うるせぇ』

「私は悠季(ゆうき)です!」

『...字は?』

「えっと、はるかとも読む心が入った漢字の悠に...季節の季」

『は?一文字目同じじゃねぇか』

呆れてそういうと本当に楽しそうに嬉しそうにそうなんですかと笑った。
その笑顔は作り物じゃなくて、本当に喜んでるようだった。

『...ふん、まあいい、行くぞ』

「え?」

『送ってやるって言ってんだよ感謝しろ』

「...言ってないですし」

『文句あるなら歩いて帰れ』

「送ってくれるんでしょう?」

はにかんで俺の顔をのぞき込むオンナ...いや、悠季の頭をがしりとつかむ。
「へ?」

『だーかーらー図々しいっつてんだろーが!俺の顔をのぞき込むなんて百万年はええ!』

「ちょ、いた、あの悠翔さん!頭痛いです!離してくださいよ!」

『あ?』

「すごまないでください!あと、頭つかむのやめてください!」

文句ばっかいいやがる、そう言えば悠翔さんのほーが文句多いですなんて生意気に言うもんだから俺はもう何も言わなかった。
バイクを走らせる時、本当に小さな声で

『さんきゅ、悠季』

そう言えば、少し、背中に捕まる悠季が笑ったような気がした。