彼は声に出すことはやめたけれど、まだ顔には笑みが浮かんでいた。
彼が笑いはじめてからは、気まずい雰囲気ではなくなり、
彼のアトリエから徒歩20分弱の道のりが、あたしにはそれよりも短く思えた。
「わざわざ送ってくださって、ありがとうございました。」
「どういたしまして。
僕のほうこそ、遅くまで付き合わせて悪かったね。ありがとう。」
彼からそんな、ありがとうなんて言葉がきけるとは思っていなくて、数秒間ぼけーっとしてしまう。
「え。あ。いえ。」
やっと声に出たのがそんな言葉だった。
「じゃあまた。おやすみ。」
「あ。はい。おやすみなさい。」
彼にそう言われ、あたしはまだ若干ぼーっとしたまま、家に入った。


