「山本さん、それは本当ですか?」
「おい、奈々美が照れるだろ、聞いてやるな」

真っ赤に上気した私の顔を見ると、剣持さんも本当のことだと確信する。

「それはそれは……」

意味深に微笑みを浮かべると、「では、私は用事を思い出しましたので、これにて失礼致します。ごゆっくりおくつろぎ下さい」と副社長宅をそそくさと後にする。

「用事? 急用などあったかな? おかしな奴だ」

剣持さんを見送った副社長は、深く考えずに「瑞樹ぃ、ゲームしようっか?」とテレビを点ける。

副社長の切り替えの早さはピカイチだと思う。
剣持さんのあの態度、何か変だった。気にならないのだろうか? 凄く嫌な予感がする。

そして、その予感は翌日大当たりとなった。

***

「奈々美ちゃん、拓也とキスをしたんだって?」

会社の自動ドアが開くと同時に、待ち構えていたように社長の声が飛んできた。それもフロントロビーに響くような大きな声で。

お陰で行き交う社員が全て足を止めこちらに視線を向けた。

「何で知ってるんだよ!」

副社長が対抗するように声を張り上げると、「本当らしいわよ」とあちらこちらからヒソヒソ声が聞こえてきた。それはもはやヒソヒソ話とは思えないほどの声量だった。