「ちょっと待っていて」

皆の視線が社長に向くと耳打ちをした副社長が一旦袖裏に消える。そして、再び現われた彼の両手には抱えきれないほどのバラの花束があった。

「王子みたいに跪いた方がいいかな?」

私の前に来るとそう言って副社長がバラの花束を差し出した。

「ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ。奈々美さん、結婚して下さい」

人々が固唾を呑んで私の返事を待っているのが分かる。でも……甘んじてそれを受けるわけにはいかない。

「これはどういうことですか? 私の告白から何も言ってこなかったくせに!」

当然文句が出る。

「うわっ、奈々美、泣かないで」

ん……泣いている? 掌で目元を拭うと指が濡れていた。

「ごめん。楠木建設と小金建設の悪事をまず露見させたかったんだ」
「そうなの、私の計画なの敵を欺くにはまず味方からって。拓也を許してやって」

蘭子さんが申し訳なさそうな顔をする。
だからあの言葉だったんだ。

「僕としてはひと時も君たちと離れたくなったけど……本当にごめん。じゃなきゃ、君と結婚できなかったんだ」

バラの花束を抱えたまま副社長が頭を下げる。
どうやら私が知らない事情がいろいろあったらしい。

「――でも、副社長は二人のことをずっと気にかけていたのよ」

会場の方から声を張り上げたのは美和さんだった。