ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ

そして、時計の針が二時を指す頃、ご主人が帰ってきた。

弁護士と事前に聞いていたのでインテリタイプの華奢な人を想像していたが――予想に反して、シルバーフレームの洒落た眼鏡を掛けたスポーツマンタイプの大柄な男性だった。

「桜子の夫、櫻木智哉と申します」と言いながら、ご主人が差し出した名刺には確かに弁護士の肩書きがあった。

「貴女が噂のし……山本奈々美さんですかぁ」

――言い淀んだ……? 『し』彼は新堂と言いかけた? 蘭子さんから聞いて知っているのだろうか? 小さな疑惑が浮かんでは消える。

「大筋は桜子から聞きました。ご心配には及びませんよ」

櫻木氏は私の疑問などどこ吹く風のように満面の笑顔を向けると大きく頷いた。それはとても心強い笑顔だった。その笑みに、疑惑など一瞬で吹き飛んでしまった。

「ただ……あちらは貴女と瑞樹君の身辺をかなり探っていたようですね……」

櫻木氏が眉間に人差し指をコツコツと当てながら、「困りましたね」と呟いた。

「また今回のような誘拐まがいのことがあるかもしれません」
「えっ、そんな……」

困惑を浮かべた私に、櫻木氏が提案する。

「瑞樹君が一緒の時に何かあったら奈々美さんも咄嗟に身動きが取れないでしょう。二日三日様子をみるためアパートを出ましょう」

「――でも、出ると言っても……」行くところなんてない。しかし、私の心配など稀有だった。