ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ

「誘拐などと訴えられると面倒ですので、本日はお帰りになって結構です。ですが、次回お会いする時にはいいお返事をお聞かせ下さい」

ガチャとドアが開く。運転手が開けてくれたようだ。

「何度いらしても同じだと思います。瑞樹は渡しません」

雨足が強くなっていた。その中を傘も差さずに歩き始める。

背中の方でバタンとドアが閉まる音がして車が発車した。次第に遠ざかるエンジンの音。その音が耳に届かなくなった途端、力が抜け、その場にうずくまってしまった。

どうしよう……瑞樹が取られる。
ガタガタと震える身体を自分の両手で抱き締めて懸命に恐怖と闘う。

「奈々美さん?」

その時だった。誰かが私の名前を呼んだ。顔を上げると……桜色の傘が目に入る。そして、そこに桜子さんの顔があった。

「こんなところでどうしたの?」

――こんなところ? そういえば、ここはどこだろう?
桜子さんは驚きながらも私の腕を掴んで素早く立ち上がらせた。

「どろどろの濡れ鼠じゃない! 風邪を引いちゃうわ。私の家この近くなの。とにかくいらして」

有無も言わせず桜子さんは私を自宅へと誘っていく。

そこでようやく分かった。ここは隣町の駅前。大通りを一本入ったところだったらしい。桜子さんの自宅はその駅前に建つ高層マンションの上層部にあった。

到着するなり彼女は私を浴室に押し込んだ。
このマンションの売りは天然温泉付き風呂らしい。その言葉どおり、バスタブには少し白っぽいお湯が並々と溜まっていた。

「あら、やっぱりちょっと丈が長かったわね」
「すみません。下着から何から何まで」

浴室から出ると桜子さんが声をかけてくれたように着替えが用意されていた。
「あのぉ」と声を掛けるとパタパタスリッパの音を響かせて桜子さんが飛んできた。

「顔色、少し良くなったわね。狭いけど、ゆっくりしていって。ここのリビングって居心地がいいのよ」

桜子さんはそう言いながら、南向きに大きな窓がある広いリビングに私を案内した。
確かに居心地の良さそうな空間だが、何を以て狭いと言ったのだろうと首を傾げる。

「そこのソファーに座って待っててね」

そう言うと彼女は対面式のキッチンに入っていった。