「…もう、今日は帰る。」

耐えられなくて、震えそうになる声を必死で抑えながらそれだけ言うと、私は飯田くんに背を向けて小走りに去った。

でもすぐに、私の右手首は掴まれて動けなくなる。

「放して。」

「怒ってる理由を聞かせて?」

あくまでも優しい口調の飯田くんに、諭されている気分になる。
でも、今日の私はもう歯止めが効かなかった。
たまっていたモノが、ポロポロと剥がれ落ちていく。

「いつも…仕事ばかり…。」

「…デートのお誘いだっていつも私から。」

「電話だってメールだって…。」

「飯田くんにとって私は…。」

私は何なの?

言いかけて、込み上げてくるものの方が勝って言葉が続かなかった。
目頭が熱くなって、飯田くんの顔を見ることができなくて、手首を掴まれたまま俯く。

そのまましばらく、沈黙が流れた。

「…ごめん。」

居たたまれなくなって口を開いたのは私だった。
そう、いつもそうなの。

「ただの私のわがままだから…。今のは忘れて。」

極力明るく言って、私は口元に笑みを称えた。
飯田くんから好きをたくさんもらいたいのに、言えない。
飯田くんが頑張ってる姿が好きだから、邪魔したくない。

いつも私は、防衛本能が働くんだ。

どんなに腹が立っても、イライラしても。
悔しいくらい、私は飯田くんが大好きだから。
だから、嫌われたくないの。