演っとけ! 劇団演劇部

「副将、前へ」
 主審から声がかかる。
 今度は僕の番だ。
 利一君もいくら相田先輩に腹が立ったとはいえ、素人の洸河先輩相手にもここまでやることはないじゃないか。
さっきまで素直に負ける気でいたけど、こうなったら少しでも善戦してやる。
勝つ気は、ない。
 格好悪いかもしれないけど、完全に逃げに回れば、相手の体力くらい削れるはずだ。
 そう意気込んではみたものの、近くで見る利一君は、本当に怖かった。
 見えないオーラみたいのまで出ている気がする。
 怖いけど、やるしかない。
「始め!」
 僕は真剣に利一君を観察するところから始めた。
 テレビの動物番組で、先に目を逸らしたほうが負けるのだと言っていたからだ。
 利一君の呼吸する音が聞こえる。息を吸って、吐く。また吸って、吐く。そして、彼は大きく息を吸った。
(ここだ!)
 僕は、利一君の右の拳を上半身だけ捻ってギリギリのところでかわした。
「おおっ」という歓声が上がる。
 僕は素早く床を蹴って後ろに飛び、間合いを広げた。
 利一君の表情が変わる。相手に敬意を表しつつも、本気になる目だ。
 勘弁してください。
 何度も言うように、僕は普通の高校生なんです。
 今のもたまたま成功しただけなんです。
 ギリギリなのも見切ったわけじゃなくてそのスピードが限界だったんです。
 僕の気持ちを無視するように利一君が拳を固める。
(落ち着け。もう一度、呼吸を…)その瞬間利一君が間合いを一気に詰めた。
 速すぎる。
(もうダメだ!)
 ビックリした僕の体は後ろにのけぞり、顔の上を利一君の回し蹴りが通り過ぎた。
 道場の中にまた歓声が上がる。
 いいのか、僕。
 こんなところで運を使い果たしてしまいそうだぞ。
「いいぞ、エイト! 今こそお前の必殺技を喰らわせるときだ!」
 調子に乗った相田先輩からエールが飛ぶ。
 必殺技って、なんですか。
 そんなものが本当にあるんだったら、教えてほしい。