遠藤さんの体が洸河から離れると、洸河は不適にも笑い出した。
「ふん、やっと出てきましたね」
(なんだと?)
「栄斗君と言いましたか? 君がついて来ていることは、わかったっていましたよ」
 洸河の灰色の目がキラリと光る。
 こいつ、ただの女たらしのアホじゃなかったという訳か。
「いい加減に彼女のストーカーをすることはやめたまえ!」
 そうだった。こいつはただのアホじゃなかった。アホの王様だった。まだ気がつかないのか、このアホ王子。
「違うんです、洸河先輩」
 遠藤さんが助け舟を出して、今日のことを全て説明し始めた。
この時点で作戦の失敗を意味する。いくら洸河が史上空前のアホでも、この作戦が彼のプライドを傷つけることは容易に想像できた。そしてその想像通り、洸河は鼻で笑ったあと
「そういうことでしたか。私もおかしいと思っていたんです。レイさんの態度があまりに今までと違いすぎるから」
と皮肉った。
 ウソつけ。
 だったら、もっと早く気付いても良さそうなものだ。
「でも、洸河先輩に協力して欲しいのは、本当なんです。エイト君だって…」
 遠藤さんのフォローを、洸河は途中で遮り
「レイさん。いくら僕でもここまでコケにされて、平気でいられるわけがありません。残念だけど、協力するわけにはいきませんね」
(くそ、僕が我慢していれば…)
 冷静に考えれば、あのまま遠藤さんが黙ってキスされるはずがないじゃないか。
 肝心なところで僕は何をやっているのだ。
「お願いです! 劇団演劇部に入ってください!」
 僕はアホ代官洸河に、いや洸河先輩の前で膝を突いて頭を下げた。
「エイト君!」
「ふん。君に土下座なんてしてもらったところで、何の価値もないんですよ。演劇というものの面白さはわかったつもりだけど、君と一緒にやるなんて死んでもゴメンです」
と蔑むように言い放ち踵を返す洸河の前に、ずっと傍観していた相田先輩がついに現れた。