僕のテンションが昼休みの盛り上がりから一気に冷めていく。また現実が重く圧し掛かってきているのを背中に感じたが、こんなところで落ち込んでいるわけにはいかない。
 まだ一人目なのだ。
「頑張ろう。気にすることないよ」
「もちろん」
 遠藤さんを励まそうと声をかけたけど、思いのほか彼女は落ち込んでいなかった。彼女のほうがこういう事態を十分に予測していたみたいだ。考えてみれば、小中学校でも演劇部に入っていたのだから、ああいう中傷にも慣れているのかもしれない。
気合を入れなおして次のターゲットのいる教室に移動しようとすると、廊下の向こうから声が聞こえた。
「やぁ、玲さん」
 手を振りながら向かってくる、遠藤さんを馴れ馴れしく名前で呼んだその男子生徒に僕は慌てていなかった。相田先輩の例を考えるとこいつも男として見られていないに違いないというのが僕の見解だったからだ。
 そうじゃなくても遠藤さんの顔を見れば苦手なタイプだということが一目でわかった。
「あっ、洸河先輩」
「やだなぁ。駿って呼んでくださいよ」
 コウガシュンというタレントのような名前のそいつは、悔しいけど本当にジャニーズにいてもおかしくないくらいの外見を兼ね備えていた。切れ長の目には灰色のカラーコンタクトをしていて、サラサラの前髪に日本人離れした鼻の高さを持っているが、馴れ馴れしさも日本人離れしているので遠藤さんも苦手なのだろう。
「演劇部が潰れてしまったそうで残念でしたね。僕も玲さんのことを思うと胸が締め付けられる想いです」
 そのまま窒息死してほしい。
「すいません、急いでるんで…」
 遠藤さんがそのままアホの横を通り過ぎようとすると、彼女の肩をつかみ
「でもこれでこの前に断られた理由は無くなりましたよね」
と強引に立ち止まらせた。
「あの時は確か部活動が忙しいということで僕の誘いを断ったわけですから」
 思い出した。
 このアホは相田先輩と下駄箱で見た男だった。あの時は少し離れたところで見ていたからすぐに気付かなかったが、独特な立ち振る舞い方には覚えがある。