「もう…大丈夫?」
山崎先生が手を差し伸べると
「先生、今日も一段と美しいですね」と手に掴まりながら、相田先輩は歯の浮くようなことをさらりと言い、僕はあまりの突拍子もない発言に苦笑するのも忘れていた。
「またバカ言ってないで、早くその髪の毛をどうにかしなさい。佐々木君、行くよ」
 山崎先生が払うように手を離しさっさと職員室を出ていったので、僕は慌ててその後を追いかけた。
 僕は少し先を早足で歩く山崎先生に小走りで追いつき、横に並んで歩こうとした。それを見た先生は自分の歩く速度が少し速まっていることに気がつき、軽くため息をつきながら僕のペースに合わせると
「ごめん。ちょっと速かったね」
と、もう一度呼吸を整えるようにため息をついた。
「面白い先輩ですね」
 本当は面白くも何ともなかったが、他にどう言うべきかもわからなかった。
「相田君?」
 山崎先生もなんて言ったらいいものか、困ったような顔をして
「悪い子じゃないんだけどねぇ。佐々木君は中学校のとき、なにか部活動やってた?」
と話を逸らした。
「サッカー部でした」
「サッカー部?」
 そんなに僕はサッカー部に向いていない顔をしているのだろうか。先生はちょっと驚いた様子で聞き返し、それからすぐ取り繕うように
「そっか。じゃあ、ここでもサッカー部入るの?」
と言葉を続けた。
「…いや、まだわからないです」
「うちの学校のサッカー部は、部員が少ないからすぐレギュラーになれるよ」
(―レギュラーになれてもなぁ)
 僕が苦い過去を思い出す間もなく、『1―C』と書かれた教室の前まで来ていた。
 同じ新入生のはずなのに、転校生のような場所から挨拶をしなければならないことに緊張してしまい、普通の自己紹介もままならなかった僕は更に
「佐々木君の席は、窓際の一番後ろね」
と山崎先生に指差された場所へ歩き出そうとした瞬間、教壇から足を滑らせた。
 ガダタタッ。
 豪快に頭を打って、教室に沈黙が流れる。
「ちょっと、大丈夫?」
 手を差し伸べる先生につかまった僕は恥ずかしさと緊張と照れ隠しと何だか良くわからないものがごちゃ混ぜになって
「先生、今日も一段と美しいですね」
と、思わず誰もわからない物真似をしてしまった。