その日、塁は約束の時間よりも早く化学室に来た。

夏休みも後半に差しかかり、残っている宿題を片付けようと思ったのだ。

数式と格闘していると、がらがらと戸が開いて圭が入ってきた。


「よっ。お疲れさん。早いな」


少し日に焼けた肌が、先輩のかっこよさを増しているな、と塁は思った。

そのことはおくびにも出さず、答える。


「宿題やろうと思って」


「おーえらいえらい。わかんないことあったら聞けよー」


ふと気になったことを聞いてみる。


「先輩は受験生でしょう。勉強はいいんですか」


ははっ、と笑って圭はカメラの準備をし始めた。


「ご心配ありがとーさん。でも俺、成績いいからね。心配には及びませんよ」


茶化して答える圭に、塁は笑った。

心の先輩メモにそっと書き加える。成績○(まる)。


「笑うようになったな」


「え?」


「え、じゃねーよ。ちゃんと自然に笑えるようになったな、て思ってさ」


塁ははっと口元を隠し、うつむく。


「さぁ撮るぞ」


(どうしよう。嬉しい。)


塁は心が沸き立つのを感じた。

先輩といるだけで、自分のことまで好きになれそうだった。