建築中の建物の材木が突然バラバラと崩れて来る。
使用予定の材木は一ヶ所に集められ縄で固く固定されていた。太い丸太のままの材木が何本かと形の整えられた柱のような材木が何本かそこに集められていた。

ガッシャーンと騒々しい音を立てて材木は通りに倒れ込んでくる。
道行く人々は少なく、被害にあった人物はほぼいない。
突き飛ばされたマリルは顔を上げ、自分がいたであろう場所にケイトとアクリスの姿を見つけて小さな悲鳴を上げた。
駆け寄ろうと立ち上がるが、足が縺れてもう一度膝をつく。
その間に周囲から援助の手が二人の元へと伸びていく。
バラバラに倒れた材木の内の一本がケイトとアクリスの元へと伸びている。ケイトがアクリスを庇うように抱きしめ、彼の頭からは血が流れている。材木は駆けつけた人々によって横に移された。マリルはその間に二人の元へと移動した。

「大丈夫!?」
大丈夫ではないことは見た目でわかるが、そう声をかけずにはいられない。マリルに気づいたケイトはアクリスを抱く腕の力を緩め、マリルにアクリスを預けた。
「…大丈夫。ほら、傷一つないよ」
アクリスを示してケイトは嬉しそうに笑う。その顔に向かってアクリスが声を荒げた。
「バカ!私の話のはずないでしょう!」
「ほら、元気そう」
ははは、とケイトは声を上げて笑う。その間にも頭から血が流れ続け、彼は駆けつけた人々に担架で運ばれようとしていた。
「あ、担架は大丈夫です。多分ちょっと切っただけだから。意識もこれだけはっきりしてるし」
担架で運ばれることを拒否するケイトをアクリスが更に非難する。
「何を言ってるの!?大人しく担架に乗りなさい!」
「いやいや、大袈裟だって。…ねぇ?」
ケイトは助けを求めるようにマリルに視線を向ける。マリルはケイトに首を振った。
「担架に乗って。…私達も一緒に行くから。心配しないで。きちんと治療を受けましょう」
ケイトは自分とアクリスを気にして担架に乗らないのだとマリルは解釈した。騎士として立派な心掛けだし、行動なのかもしれないが、それより今はケイト自身を心配するべきだとマリルもアクリスも思っている。
「…側を離れないと約束できる?」
マリルとアクリスの視線に負けたようにケイトは溜息をつく。マリルはケイトに向かって頷いた。
「約束する。目の届く範囲にいるわ」
「わかった。但し、担架には乗らない。歩けるし何かあった時に困るから」
これ以上譲る気はないと言外にケイトは伝えている。確かに彼の立場上、これ以上の失態はできないし、何より二人を本当に心配している様子が見えた。
しっかりと固定された材木が三人を目掛けて、その上タイミングよく紐が切れるなど、偶然とは思えない。
何らかの人為的な意図があったとケイトは気付いていたし、そうなった場合二人を残しては置けないのだろう。
マリルとアクリスはケイトを間に挟み、ケイトの要望通り歩いて診療所へと向かった。









ケイトは本人が言うように少し頭を切っただけで特にどこも痛めていなかった。
単に石頭だっただけなのか、普段の訓練の賜物なのかはマリルには判然としないが、とにかく、無事だったことに安堵した。
診療所に歩いて行き、そこで簡単な止血をしてもらった彼は、駆けつけてきた部下にマリルとアクリスを王宮まで送らせた。マリルとアクリスは沢山の護衛に守られて王宮に戻り、起こった出来事について国王に報告した。それからゆっくりと風呂に入り、清潔なベッドの上で眠った。
その翌日、マリルはトリイに呼び出された。


トリイの部屋には頭を包帯で包んだケイトがおり、マリルは驚いて彼を見つめた。
「具合は?もう動いて大丈夫なの?」
トリイの前であることも忘れて昨日のように敬語を外してしまい、マリルは思わず口元を押さえた。だが、ケイトは気にすることもなく、昨日と同様砕けた様子で返答してきた。
「大丈夫。昨日はありがとう。気を使わせて悪かったね」
「いえ、それはいいのだけれど…」
ちらりとマリルはトリイを見る。それに気付いてケイトは何でもないようにひらひらと手を振った。
「トリイのことなら気にしなくていいよ。俺が敬語を話さないのなんて少しも気にしてないから」
「…それは、いいのかしら?」
「昔の誼でいいにしているだけだ。大体、こいつの下手な敬語を聞くよりはいい」
トリイはケイトを冷ややかに眺め、一度首を振ってからマリルへと視線を移した。
「昨日の件だが…」
「あ…申し訳ございませんでした。勝手に王宮を抜け出した挙げ句、あのような…」
「責めてない」
予想していた通り叱責されるのだろうと頭を下げたマリルをトリイは遮った。
「…はい?」
『責めてない』とは聞き間違えだろうか。思わずトリイを見たマリルは、彼が憮然とした顔をしているのを見た。やはりさっきのは聞き間違えだともう一度謝ろうとした所に、トリイは更に続けた。
「昨日の出来事は誰かに予想できた事ではない」
「…予想はできなくても用心していれば防げたことでは?」
「充分に用心はしていた。昨日の事は不足の事態だ。従って王宮を勝手に抜け出した不肖の妹と婚約者に非はなく、それを防げなかった情けない騎士は減俸1ヶ月とする。…それで押し通してきた。だから妙な言動は慎むように」
相変わらず憮然としたままのトリイをマ
リルは驚いてしげしげと眺めた。
マリルの中ではトリイがこんな事を言うとは思ってもいなかった。トリイはマリルを叱責するだろうと考えていたし、だからわざわざ呼び出したのだと思っていた。
何より、こんな風に誰かを庇う姿が想像できなかった。
「…何か?」
珍しいものを見る時の顔をしているマリルに不機嫌そうにトリイは尋ねた。
「…誰かを庇うようには見えなかったわ…特別に仲が良いのね」
正直に伝えるとトリイは大仰に顔をしかめた。
「気持ち悪い言い方するな。…それより、本題に移るぞ」
顔の前で手を組み合わせトリイは眉間に皺を寄せる。その本題が面白くない話だということはその様子を見ればわかる。マリルはトリイの前で姿勢を正した。