パーティーは中盤に差し掛かり、いよいよ音楽家達がメインのワルツの曲を弾き始める準備に入った。
普段であれば、美しいその旋律はマリルの心を和ませるだろうに、このきらびやかな会場では地獄の入口への挿入歌である。

このワルツから3曲をマリルはトリイと踊るのだ。

舞踏会のワルツは恋人同士、若しくは政治的な婚約者、それから意中の相手への遠回しなアプローチなのである。
男性が女性に手を差し伸べて、女性がその手を取れば成立、何かと理由をつけて断られれば不成立だ。分かりやすいが、男性にしてみれば意中の相手へのアプローチとしてはなかなかハードルが高いだろうと、マリルは考えている。事実、あまりこの場でいきなり手を差し出す男性はいない。ほぼ、エスコートした相手か、事前に打ち合わせた相手へ手が差し伸べられる。
そして、マリルはトリイと事前にワルツについて打ち合わせている。
ワルツから3曲連続で踊り続ける。
それは現在、過去、未来を表すそうで3曲踊り続けるのはその男女は相思相愛、将来の約束をしたことになるのだとトリイが事前に説明してくれた。
トリイは今日エスコートした相手はいないし、この最初のワルツでの相手はかなり注目されているだろう。
それが、こんな今まで人前に出たこともないような地味な女なら、尚更だ。
会場は阿鼻叫喚に包まれる筈だ。



出入口の近くに突っ立っているマリルへ白い手袋に包まれた長い指が差し出される。
会場が一瞬水を打ったように静まり返り、次いで予想の通りに阿鼻叫喚にも似た悲鳴が爆音のように響き渡る。
その白い手の差出人は美しい翡翠の瞳でマリルを見つめる。
整った顔立ちでまるで夢に出てくる王子様そのものだ。
けれど、マリルにはワルツは地獄の挿入歌、目の前にいるこの男はその地獄の大魔王としか見えない。

打ち合わせたにも関わらず、暫く手を取らないマリルにトリイはにっこりと微笑む。

"早く取れ"、声に出さずとも目が雄弁に語る。

あぁ、と小さな溜息を聞こえないように注意しながら漏らし、マリルはその手を取った。








ワルツから3曲、無事に踊り終えたマリルは一目散に出口を通り、家に帰りたかった。
けれども、そこからマリルはトリイに連れられてダカールの王の元へと向かった。ダカールの王は事前の連絡があったのか大した動揺も見せずにマリルへいくつか質問をした。氏名、住所、年齢、それから出身。
それはこの公式な場でマリルの素性を暴露することだ。
シープネス王国のことは誰もが知っているし、その前国王の一人娘が10年以上行方知れずというのも有名な話だ。
だからこそ、この場で素性を明かしたマリルへの視線は様々なものが入り交じっている。

「…父上、今宵はこの辺りで宜しいでしょうか。お集まりの皆々様には引き続き宴をお楽しみ頂きたく存じますが、マリルにおいては些か疲れている様です。どうか私達の退出をお許し頂けますか?」
トリイのこれも打ち合わせ済みなのか、ダカール国王は主役の途中退出にも特に意見も言わず、頷くのみだった。
形だけの挨拶を終えてマリルはトリイに連れられて会場を出口へと向かった。