キラキラと輝くシャンデリアがテーブルの上のグラスを更に輝かせる。沢山の豪華な料理の回りには色鮮やかなドレスを着た女達がいる。そしてその近くには彼女達をエスコートする男達が料理やグラスを使用人から受けとるのに忙しい。
真っ赤な絨毯には色鮮やかなドレスの集団がいくつもできていた。


マリルは今日、トリイの誕生パーティーに出席していた。
きらびやかな会場に着いた途端、帰りたくなってくる。
一歩足を踏み入れたマリルは思わず足を引き返してしまいそうになった。マリルはそれを懸命に押し止めてなんとか壁際までやって来ることができた。



マリルが提案を受けてからトリイは3日と開けずマリルの家に通って来た。特に用事はないのだが、
「形式上とはいえ婚約者の振りをしてもらうのですから。少しでも親密になっておきたくて」
とマリルを脅迫したその口であの日の翌日に通って来て言った。
最初のうちは敬語を使っていたマリルも今ではトリイに敬語は使っていない。それはトリイも同様で、最初のあの丁寧なですます口調は今では嘘のように消えていた。



「…嫌だわ…」
マリルは誰にも聞こえないように小さな声で呟く。しかしその声を聞き取った者がいるらしい。
「…私もです…」
声はマリルの前から聞こえた。
前にはドレスの集団があり、どうやらその中の一人だったらしい。
すすす、とマリルに近付くと少女はにこやかに微笑んだ。
「…アクリスと申します。以後お見知りおき下さいませ」
琥珀色の瞳と淡い緑の髪を持っている見目麗しい少女である。彼女はドレスの端をつまんで優雅に一礼をした。
それから、にこやかに微笑む。そうすると、まるで花が咲いたように辺りが明るくなる気がする笑顔だった。
マリルも慌てて同様に自己紹介をした。相手と同じ様に名前だけ名乗った。
「マリル様は何か憂鬱なことがございますの?」
小首を傾げる仕草がとてもよく似合う。可愛げのないマリルにはできない仕草だ。
「…いえ…その…こういった場に馴れておりませんので。きらびやか過ぎて私には向いていないようです」
本当はトリイの婚約者だと発表されることを考えると憂鬱で堪らないが、そんなことを言って後で大事になるのは面倒だった。
アクリスは目を瞬かせた。それから、にこやかに微笑む。
「まぁ、そうですのね。私もこういった場にはあまり来たことがありませんの。緊張してしまいますわね」
ふふふ、とアクリスは何故か嬉しそうに笑っている。仲間ができたようで嬉しいのだろうかと、マリルは曖昧に笑った。
それから少しアクリスと話をし、彼女が知り合いであろう少女達に呼ばれるとマリルは壁を伝ってバルコニーへ出た。
ここへ着いた時は夕方だったが、辺りはすっかり暗くなっている。夜風がひんやりとして少し寒いくらいだ。剥き出しの肩に手を触れると少し暖かくなった。
ダカールで開かれている今日のパーティーには国内外の賓客が訪れている。若い男女が多いのはこういった場所が出会いになるからだ。しかし今日のパーティーのお目当ては勿論、トリイだろう。何とか彼の目に入り、正妻、若しくは事実上の側室を目指しているのだ。そのギラついた女達を相手にしないといけないと考えるとマリルの憂鬱は退くことなく、長い雨のように頭を打ち続ける。
形式上だから、時期居なくなります、とは口が避けても言えない上に、何故こんなことに巻き込まれなければならないのか、憤りを無くすこともできない。
ふぅ、とマリルは重い溜息をついた。

「…憂鬱そうだな」

ここ暫くよく耳にする声にマリルは気だるそうに振り向いた。案の定、そこにはこの状況の原因、トリイがグラスを二つ抱えて立っている。
「主役がいるべきなのはこんなバルコニーではなく、部屋の中央では?」
「こんな、とは言ってくれる。庭園が一望できる素晴らしいバルコニーだろう?」
「…真っ暗ですが」
庭園は昼間であれば色とりどりの花が咲く確かに美しい庭だろう。それが一望できるこのバルコニーは確かに素晴らしい。昼間であれば。
「王宮は財政難なの?入口のように庭にも装飾をしたらいいのに」
嫌味のつもりで言ったのだが、大して気分は害さなかったようだ。トリイはクッと、喉の奥で笑う。
「俺の婚約者はなかなか辛辣だな」
「辛辣な婚約者が嫌なら解消して頂いて結構よ」
「…まだ諦めてないのか。今までにも散々議論しただろう。他にもっと良い案がない限りそれは出来ないと何度も告げている」
今日までマリルの家で二人の話にはいつも最後にはこの話が出た。その度にトリイは今と同じ言葉を繰り返し、対するマリルも他の案が浮かばずここまで来てしまったのだ。
「…わかってるわ。今日は上手くやる」
トリイの完璧な婚約者を演じきる必要がある。二人がとても愛し合っていて他者が入る隙などないこと、マリルの血筋を明らかにしてリリハでさえ抵抗できない完璧な縁談であることを人々と王の前で示すのだ。

なんて面倒臭い…

心の中でぼやいてマリルはトリイが差し出したグラスを受け取った。