クロ曰く、マリルの継母であるシープネスの女王はマリルを生かしておく気は更々ないとのことだった。
今までは遠い異国でひっそり暮らすマリルを居ないものとして扱うことで、どうにか気持ちを落ち着かせていた継母は、マリルがシープネスの姫と宣言したことで烈火の如く怒り狂っているらしい。彼女はマリルの死体を配下の部下達に要求した。その内の二人がクロとシロである。
その一方、継母の息子であり、マリルとは異母弟であるシープネスの王子は、生き別れの姉が母親に殺されることを良しとしなかった。彼はクロへマリルを生き延びさせるように命令した。
クロはどちらの命令に従うか、考えながらマリルと会い、そして王子に従うことを決めた。
マリルに『3日後の真夜中、この場所で』と伝え、クロはダカールの王宮を出て行った。本来なら大人しく従うマリルをどこかの国の静かな場所に住まわせる予定だったのだが、実際は全く違うことになっていた。
「いや全く、まさか失踪するとはね。とんだお転婆姫だったなぁ」
あーあ、と聞こえよがしに溜息をつき、クロはトリイへと顔を向けた。
「どっかに心当たりないのかい?仮にも婚約者なんだろう?」
「あればこんな所にいない」
「役に立たない婚約者だなぁ」
クロは不満を隠すことなく唇を尖らせる。高価な椅子の上に靴のまま立て膝を立てて座る姿は我が儘で厚顔無恥な子供のようにも見える。その横に床に直接ちょこんと座っているシロはどこを見ているのか、空中をじっと見つめている。そのまま動かず虚ろに宙を眺めているシロとは対照的にクロはもぞもぞと背中を掻いたり足をばたつかせたりと忙しい。
「しらみ潰しに探すのは骨が折れるなぁ。この国の兵士の機動力が試されるなぁ。宜しく頼むよ、王子サマ」
探すつもりは全くないクロはニヤニヤと笑いながらトリイを見る。トリイは眉間の皺を深くする。
「お前も探せ」
「まぁねぇ。探すには探すよ。でも実際、お姫サマを見つけるのは王子サマの仕事ってもんでしょ」
「誰が見つけても一緒だろう」
きっぱりと言い切るトリイを漸くシロはその目に入れる。じっと不満げにトリイを見つめ、シロはぽつりと呟いた。
「お姫サマ、可哀想」
淡々とした様子で呟いたシロをトリイは眉間の皺を深くして見つめた。
「どういう意味だ?」
「鈍感」
つん、とシロはトリイから顔を背ける。
「朴念人、アンポンタン」
先程まで大人しく黙っていた様子が嘘のようにシロはその口からテンポ良く悪口を吐き出してくる。
「馬鹿、阿呆、間抜け。意気地無し」
「そこまで言われる筋合いはない」
「何怒ってんのかねぇ…」
じろりとシロを睨むトリイを横目にクロは首を傾げた。それにシロは不満げに続けた。
「だって、お姫サマが出て行った理由全然分かってない」
「…今、理由の話してなかったよなぁ?」
マリルがいなくなった理由など必要ないものとでも言いたげなクロの様子にシロは冷ややかな視線を向ける。
「理由がわかったら行動の意味がわかる。行動の意味がわかったら予想がつく。闇雲に探すのは馬鹿のすること」
冷ややかな一瞥をクロとトリイに向けてシロは更にいい募る。
「お姫サマは王子サマの迷惑にならないようにしてる。王子サマのことが大切だから」