トリイの持ち出した本題は、予想通り全く面白くない話だった。嫌々口を開くといったトリイの様子を見ながらマリルはその内容に内心で舌打ちした。
「…まず、材木が倒れ込んだ件だが、それが人為的な事は理解できてるな?」
こくりとマリルは頷く。タイミングが良すぎる事もあったし、翌日には材木を固定してあった紐が人の手によって切られていたと聞かされていた。
「犯人は?」
「捕まった。…シープネスの工作員だった」
苦々しく思いながらトリイは告げる。そのままマリルを見据えるがマリルは特に驚いた表情もせずトリイを見返した。その漆黒の瞳は静かなまま変化を見せない。
「あまり驚いてはいないようだな」
「その可能性を考えなかったわけではないから」
静かだがきっぱりとした物言いにトリイは眉を上げる。
「まさかとは思うが、犯人を知っていた事はないよな?」
マリルが犯人を知っていたのなら、それはシープネスとの共謀を意味する。マリルの様子からはその気配も、動機も見当たらないがトリイとしては確認しないわけにはいかなかった。
マリルは首を振り、トリイを見据えた。
「知らないわ。…疑わしくは見えると思うけど、本当に知らなかった」
その声音には後悔の色が滲んでいる。シープネスの工作員が犯人だったとなれば、狙いはマリルだと考えるのが妥当だ。ケイトとアクリスは巻き込まれたに過ぎない。マリルはケイトへと視線を向けた。
「…怪我は私のせいね。ごめんなさい」
深々とマリルは頭を下げる。頭上からトリイの深い溜息が聞こえた。
「妙な言動は慎むように伝えた筈だ」
「この場合、謝るのは当然の事でしょう?」
「自分が関与していないのに謝る必要はない」
「…傲慢だわ」
ピリピリと場の空気が緊張感を帯びる。それを解いたのは成り行きを見守っていたケイトだった。
「……いやいや、何でそんな言い方になっちゃうかな…」
ケイトは溜息をつき、頭を横に振る。次いでトリイへ呆れた視線を向けた。
「もう少し分かりやすく正直に伝えるべきだよ」
じろりとトリイがケイトを睨むがケイトは全く気にすることもなく、マリルに顔を向けた。
「トリイが言ってるのは『マリーのせいじゃないから気にするな』ってことだよ。全く、言葉の選択肢が何であんなキツい言い方になるのか、理解できないよね」
これ見よがしに大きな溜息をついたケイトにマリルは首を傾げた。
「…とてもそういう意味には…」
「あの言い方じゃあねぇ。もっと言い方があるし、そもそも素直に『気にするな、心配するな』って言えばいいのに」
ケイトは再度、深く溜息をつく。それはまるで弟を見守る兄のように見える。
マリルはケイトからトリイへと視線を移す。その途端トリイはマリルから顔を反らせた。それが今度は子供がぷいっとそっぽを向くように見えてマリルは思わず綻んだ口元を手で覆った。
「…気にしてくれたの?」
トリイはマリルを振り向き、無言で手招きする。素直にそれに従いトリイの目の前まで近付いたマリルの頭にトリイは手を乗せる。
ポンポンと二回頭を撫でられてマリルは驚く。
翡翠色の瞳には気遣う色がある。自分とは違う男性の大きな手の重みがある。小さな子供の頃に父親に撫でられた時のように守られている気がしてマリルは気恥ずかしく感じた。
「言い方が悪かった。気にするな」
「……はい」
間近でじっと見つめられてマリルの頬がほんのりと赤くなる。それに気付いているのかいないのか、トリイはマリルの頭から手を離した。
「わかっていると思うが、シープネスが関わっている以上、妙な…いや、危険な言動はしないように。できるだけ単独行動は避けるように」
トリイは一旦言葉を切り、マリルを見つめた。ほんの少し迷うような顔をし、トリイは口を開いた。
「…心配している。何かあったら直ぐに言うように」
それからトリイはまた顔を背けた。その耳はほんのりと赤く見えた。