結婚式場もありそうな、大きなホテルにチェックインをした真下社長は。部屋に二人きりになると、上着を取りネクタイを外して先にバスルームに入った。
 ダブルベッドの向かいのチェストと、組になっている椅子の背に脱ぎ置かれたままのそれと、自分のコートをハンガーにかけ直し。
 タートルニットとロングスカートのわたしは、そのまま窓際の応接イスの片方に躰を沈み込ませる。

 これから自分の身に起きることは、想像だに出来ない未知のもの。考えたところでどうにかなるものじゃない。・・・強く言い聞かせて。
 亮ちゃんを思うと泣きたくなるから。目を閉じ、好きな歌を小さく口ずさんで紛らわせていた。

 やがてバスルームのドアが開く音に続いて、髪を乾かすドライヤーの音が聴こえた。自分でも気が付かない内に躰が強張って、心臓の音がドクドクと耳の奥から響く。

「明里、シャワーを使え」

 バスローブを羽織った社長が、半乾きの髪のままで出て来て言った時。やっと諦めがついた気がした。


 躰も髪も洗いメイクも落とす。ナチュラルメイクだから、していてもいなくてもあまり変わらないってナオには言われる。ちゃんと気合い入れればもっとカワイイのに、ってユカにも。

 わざと素顔にしたのは。男の人は、お化粧をした造りモノの姿を気に入っているんだろうから。それを剥がしたら、少しは興味も薄れるのかって。ほんのささやかな抵抗。

 ショートボブの髪はドライヤーの熱ですぐに乾いてしまった。洗面台の鏡に映る自分から目を逸らすと、下着は付けずにバスローブだけ羽織って、最後に大きく息を吐く。

 ベッドの縁に脚を組んで浅く腰掛け、手にしたスマホの画面を追っていた真下社長は、出て来たわたしの姿に目を留め脚を下ろした。

「・・・ほら。来い」

 石のように硬い表情をしている筈のわたしに淡く笑む。  
  
 躊躇いがちに傍まで寄って行くと、腕を伸ばされて掴まえられた。腰掛けている彼の、目の前に向かい合って立つわたし。社長に解かれたバスローブの帯が音も無くカーペットの上に落ちる。それから、合わせにかかった両手で前を開かれかけた刹那。
 
 ドアチャイムが鳴った。