足元に、黒いしみが広がっていく。
あったはずの自分の影も塗りつぶして、どこに、どう立っているのか、よくわからなくなる。
自分の輪郭が消えていく。
この感覚は知っている。
――久しぶりに、キた。
大河は嘲笑を浮かべる。
“…あなた、誰?”
昼間でも雨戸が閉められた、暗い室内。
自分に全く興味のない母親という名の生き物と、二人きりの世界。
母親は子どもの自分から見ても姿だけは綺麗な人だった。
声をかけるとひどく怯える。
だから、母親の機嫌を損ねないように、狭いアパートの一室の、その片隅で、ただ息をひそめる。
スマホの画面に向けられた笑顔のように、いつか母親が自分にも笑いかけてくれるのではないかと期待しながら、毎日を過ごした。
母親は振り返らない。
誰も自分を見ない。
呼ばない。
自分がここにいるのか、わからない。
存在が空間に溶けていく。
――ヤバ…ぃ
気持が悪い。
普段なら、この程度のフラッシュバックはコントロールできるのに、うまくいかない。
原因はわかっている。
大河は自分の手を見つめ、空っぽになった手のひらを握りしめる。
「…どこ行ったんだよ、梨佳…」
頭が痛い、ひどく耳鳴りがする。
雨の音。
そこに混じる、止まらない水道の音。
必死に踏みとどまるけれど、限界が近かった。
意識が吹っ飛ぶ。
その寸前で、
「大河?」
あの日と同じ。
“大河くん…”
神様の声が聞こえた。
暗闇を引き裂く、一直線の閃光。


