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いきなり降り出した雨は、まったく止む気配がない。
「明日は梨佳ちゃん定期受診の日だし、傘は彼女に預けておいてもらえればいいよ」
「ありがとうございます」
高橋から傘を受け取ると、由紀は頭を下げ、駅に向かう。
いい子なんだろうと、加奈子は思う。
以前、梨佳が話してくれた、高校に入ってできた友達というのは、この子なのだろう。
「泉美ちゃんのお母さんと鉢合わせちゃってね。梨佳ちゃん」
病院内のカフェテリアに場所を移したところで、聞いた高橋の呟きに、加奈子は眩暈した。
件の彼女は、過去に梨佳に対して、ちょっとしたトラブルを起こしたことがある。
「……梨佳ちゃんって、気づかなかったんですよ…」
そう嘆くと、加奈子は勢いよくテーブルに顔を突っ伏した。
あの時、声をかけていればこんなことにはならなかったのにと、悔やむ。
そして、確認するように思い出す。
一瞬、似ているとは思った。
でも、全体の雰囲気が梨佳とは全く違った。
本当に梨佳だったのだろうか、見間違う事なんてあるのだろうか。
いまでも、そう思う。
「加奈子さんのせいじゃないよ。大河が梨佳ちゃんのそばにいなかったのが、一番悪い」
「…そんな無茶な、大河だって朝から晩まで梨佳ちゃんと一緒ってわけじゃないし…」
「物理的な意味だけじゃなくてさ…」
「……?」
「手を放しちゃいけないのは、梨佳ちゃんだけじゃない」
意味ありげな発言に、加奈子は顔を上げ、不思議そうに高橋をじっと見る。
高橋は重い空気を和ませようとでもしたのか、
うーん…と、わざとらしく考えるふりをし、ポンと手を打って閃いてみせる。
「そう。梨佳ちゃんはね、大河の“良心”なんだよ」
「…はぁ…?」
いきなり何を言い出すのか。
加奈子は高橋を睥睨しつつ次の言葉を待ったが、続きはなかった。
「もういいです。帰ります」
「え?帰っちゃうの?…その…食事でも…」
「お疲れ様でした」
「…お、お疲れ…様。雨降ってるし…気をつけて…」
加奈子の姿が見えなくなると、しばらくして雨音が激しくなった。
コーヒーは忘れられたまま、すっかり冷めてしまっている。
高橋はガラス越しに滲んだ景色の先を見つめながら、大河が入院してきた日の事を思い出していた。
8年前の、深夜2時。
当直医だった高橋の前に、警察官が連れてきた、ずぶ濡れの男の子。
梨佳が初めての発作を起こして、入院してくる2か月前のことだ。
――荒れそうだなぁ……
この程度の雨ぐらいで、見慣れた日常は一変する。
嵐が訪れたら、世界はもしかしたら、あっという間に壊れてしまうかもしれない。
そう、危惧した。


