「…梨佳、取りあえずどこかに座ろう、大丈夫だから」
「先輩、あそこの椅子空いてる。私、先に行って場所とってきます!」
声の先を見ると、大河と由紀の姿があった。
まとまらない思考の中で、梨佳はそれでも初めてだったことに気付く。
大河が他の女の子と一緒にいるのを見るのも、笑いかけるのを見るのも。
「…大…河、大河……?」
大河が立ちすくむ梨佳の腕を引く。
確かに強く捕まれているはずなのに、その感覚がない。
まるで現実感がない。
霧の中で物事が進行しているようで、今のほうがずっと夢のようだと梨佳は思う。
「先輩、早く!こっち!」
それなのに、大河の視線の先に由紀が見えると、
ズキン…
胸の痛みだけが、無駄に鮮明なのだ。
――由紀ちゃんなんか、キライ…
その卑屈な感情に、梨佳は自分で自分に失望する。
けれども、いかにもしっくりくるのだ。
由紀の行動はまぐれもなく梨佳のためなのに、わかっているのに、
それでも、悲しいくらいに梨佳の心を引き裂いていく。
涙がまた、頬を伝う。
大河と同じ時を刻んでいけたら…
心だけは大河だけを想っていられたら…
たったこれだけが、梨佳の凡て希望なのに、絶望的にどうにもならない。
由紀は、たったこれだけを当然のように、
そして、たったこれだけ以外の十分を、当たり前のように持っている。
憧れに目がくらむ。
堪らないのだ。
妬み、羨望、罪悪感、
不甲斐なさ、虚無感、焦燥感……
ありとあらゆる感情がうねり、渦巻きながら濁流のように梨佳を混沌へと押し流していく。
「梨……~…」
「……?」
――大河の声が聞こえない。
“先生…”
――もう、無理だ…
一瞬、梨佳が自分の未来を手放した。
刹那、凪紗の声がどこからか、しかし間違いなく聞こえた。
「凪紗…さん?」
「梨佳?」
梨佳は無理やり立ち止まると、駅の改札口を見る。
心臓が叫びだす。
――会いたい
「だれに?…」
――会いたい…先生…
「ひとめ、あなたに…」
梨佳は大河の手を振りほどくと、
「梨佳っ!」
大河の呼ぶ声に一度も振り向くことなく、改札口を駆け抜けた。


