頭を撫でられるって、こんなに気持ちいいんだ…
スキ。
コレ、好き。
先生がスキ……
初めて会った、あの雨の日に恋に落ちた……
大スキ…
「……せ、んせ…」
「梨佳?」
「……、え?」
大河の声に、勢いよく現実に引き戻された。
ザワザワ……
途端に聴覚が生き返る。
荒々しく、雑踏のざわめきが耳に飛び込んでくる。
次は視覚だ。
駅の改札口にあふれかえる人々。
群衆がそれぞれの目的地を目指してランダムに動いている。
――わたし…
――そうだ、雨…っ
辺りを見渡すと、夕やけが町を染めている。
――夕方?なんで…?
雨のにおいがしない。
駅前のバスロータリーから流れ込む、ディーゼルの匂いに酔いそうになる。
「梨佳ちゃん?大丈夫?」
――知らない女の子がわたしに向かって声をかける。
「梨佳?」
――大河…?わたし…
――私…?
「梨佳ちゃん、泣いてるの?」
「……え?」
声をかけているのが由紀だと想起し、
頬を流れる水滴の感覚に、梨佳は自分が泣いていることにようやく気付く。
梨佳の手が震えながら、心臓を抱きしめるように胸の前で重なる。
今さら、心臓が見せた白昼夢に驚いたわけじゃない。
最近は頻度が増している事もわかっていた。
でも、
――いったい、いつから?
現実と夢の境界がどこからか思い出せない。
――大河に見られた……
その事実が、梨佳を想像以上に混乱させ動揺させた。
大河には、普通ではないと気付かれたはずだ、なにか口走ったかもしれない。
心臓が鼓動を早める。
――先生が…スキ…
ゾクッ…
背中に冷や汗が流れる。
――先生を好きなことが大河に知られたら…
――どうしよう……!
“先生を好きなのは凪紗”だと、頭のどこかでは理解してはいるものの、感情の部分がついていかない。
夢の中で、どうしようもなく梨佳は凪紗で、繰り返されるその恋の記憶は、まぎれもなく梨佳にとっての現実だ。
先生が好き…
大河が好きなのに……
こんなに、好きなのに……
自分の意思とは無関係な裏切りが、日々坦々と緩やかに、梨佳の心を散り散りにし、
今、もうこの瞬間、取り返しがつかない。


