学校まで続く緩やかな坂道を歩きながら、由紀は梨佳に気付かれないように自分の成果をこっそり大河に告げた。
「昨日は、初めてのお呼び出しを先輩方から頂きましたよ。“生意気”で“卑怯者”なんだそうです」
大河は前を見たまま、由紀に目を落としもしない。
由紀は諦めたように大河から視線を外すと、すぐ目の前を歩く梨佳の後姿を捉える。
「…梨佳ちゃんじゃなくて、よかった…ですね」
呟いた言葉は、まぎれもなく由紀の本心だ。
そしておそらく、大河の本心でもあるだろう。
「……山峰さんは、大丈夫?」
「……すごい、一応心配してくれるんですね」
「まあ、梨佳が気にするから」
「あはは、やっぱり、そこですか!」
大河の視界の隅にさえ引っかかる事のなかった自分が、名前まで覚えてもらったうえに、形式上とはいえ心配までしてもらえるのは、間違いなく“梨佳の友達”だからだ。
――この人は、本当に梨佳ちゃんしか、大事じゃない…
怖いくらいに、他の人なんかどおでもいいと思っている気配がある。
そうでなければ、仮にも梨佳の友達に嫉妬の矛先が向くようなことを、容認したりはしないだろう。
わかっていたこととはいえ、由紀はどうにも複雑な心境になる。
梨佳の事が心配だったのはウソではないけれど、
呼び出した先輩が罵倒したように、“友達面をした卑怯もの”は正しい。
どうにか、大河と話す口実が欲しかった。
――私の下心なんか、楠原先輩はお見通しなんだろうな…
由紀は目の前の大河に、中学校時代の思い出を重ねながら、
ただ、遠くから見つめることしか出来なかった憧れの先輩と話をしていることに、
それでも舞い上がらずにはいられない。
「よしよし、こんなことは想定内です。うらやましいか!ざまあみろっ!」
「ははっ、すごいね」
由紀の潔い様子に、大河はめずらしく声を出して笑った。


