「ま、浮かりゃラッキー、落ちりゃ残念って感じだわ」

近所のコンビニで煙草を買おうと軽快なチャイムを全身に浴びた瞬間、ポケットに仕舞ったスマートフォンが震えた。
だけどこの暑さから一刻も早く逃れたくて、仮初のオアシスに長居は無用とでも言わんばかりに一目散にレジへと向かい私は店員に番号を告げた。

店員の気を悪くしないよう、穏やかに。
暑さはみな平等で、だからこそ朗らかに。

ガサゴソと鳴るビニール袋に、緑の箱とコーヒーを詰め込み建物や木の影に身を隠し私は引越したばかりのアパートへと歩く。

クーラーのリモコンを手繰り寄せ冷気を全身で受け止めてライターを探す。
定位置のソファに腰掛けてスマートフォンを机に投げた。
瞬間、スリープが解除されてすっかり忘れていた着信を思い出させた。
知らない数字の羅列に一瞬手が止まり、私は煙草に火を付けた。どうしようかと悩むなら、先ずは心を落ち着けようと。

だがそれも無駄。ぶぶぶ、と机が揺れる。
画面には先程の数字が浮かび上がっている。

意を決して電話に手を伸ばし画面をタップ。

「あ、やっと繋がった」

電話越しに、ほっとしたような声がした。
聞き覚えがある様な、無いような。

「ヒューゴブックの立岩です。先程面接したんですが」

ヒューゴブック、タテイワ、メンセツ。
耳に届く数少ないワードを掻き集め、ようやっと電話の相手が分かった。

「あっ、はい、あ、早い」

「あぁ。けど一週間以内、でしょ」

慌てる私の声が可笑しかったのか、立岩と名乗る男性店員は笑いながらそう言った。

「で、ですね。まぁお電話したって事はその通りで」

電話が掛かったと言う事は、と先回りをしてペンと床に散らばるチラシを引っ掴む。

「採用なんですけど、まずは研修って事で説明聞きに来て貰いたいんです。いつ暇ですか?」

「いつでも大丈夫です」

やや食い気味にそう答えると間が空いて、気の抜けた声が返ってきた。

「じゃあ明日、僕十六時から出勤なんでその前にしましょうか。十五時半から」

まるで夏の暑さに溶けてしまったアイスのように、たらりと一言残して電話は切れた。
時刻は夕方十七時を数分過ぎた所だ。今日の夕飯は何にしようと考えてみて、家にはそうめんが三束しか無い事に気が付きソファに埋もれた。