仕方なく、香水の匂いで満ちたロッカールームの小さな机に腰掛けた。

「すみません、毎日おしかけて」

相田刑事は、私に謝ってばかりだ。

「それで、私はあなたに何を伝えたらいいんです?」

乾さん1人に店番を任せ続けるのは気が引ける。
早く。なるべく早く終わらせよう。

「事件の前後にあったこと、全てをお話ください。
ふとした所に、犯人の影が見えることがあるんです。
お父様の1番近くにいたあなたが、その影と触れる可能性が高い」

17年も前のことを全て言えだ?
思い出すのにも苦労するし、思い出したとしてもそれが正しいとも限らない。

話が終わる頃にはもう日が変わっているのではないかと、気が遠くなった。


「事件の前後と言われましても、どのぐらい前から話せば…?」

「貴女が生まれた時、いや、両親の出会いとか」

…は?

驚いて彼の目を見つめるも、その眼差しが熱すぎるあまり、逸らす他なかった。

「過去、たくさん調べられて資料は沢山あると思いますが…私は、母がいません。
母の記憶はひとつもなくて、たまに呟く父の言葉の節々に、母を感じることがある…だけでした」

「と、いいますと?」

「例えば、ちなちゃんはお母さんに似て美人だね、とか。
食べ物に絡む話題も多かったと思います。
このレシピはお母さんに教えてもらったんだ、
あ、お母さんの得意料理はパイだったっていう話は、アップルパイを食べるたびに聞かされてましたね。
でも…それくらいです。
何故家にいないのか、生きてるのか死んでるのかも、知りません。
もちろん、両親の馴れ初めも知りません」

相田刑事はひたすらにメモをしながら聞いていた。

「えっと次は…私が生まれた頃の話ですか。
その頃にはもう既に父子家庭だったそうです。
働いている間はずっと保育所に預けていて、悲しい思いをさせてごめんと謝られたこともありました」

私の話すことが終わったと分かると、やっとメモ帳から目線を外した相田刑事。

「…ご協力、ありがとうございました。
また明日、来てもいいですか?」

今日はこれで終わりか、なんて。
もっとかかると気合を入れていたものだから拍子抜けした。

「いや、明日は私休みなのでお店にはいません。
夜なら空いてますよ」

「では、私の仕事が終わり次第連絡させていただきたいので、よかったらRINEを教えてください」

自分でも何でなのかはわからないが、私はスっと携帯を出し、IDを教えていた。