双浜のチームカラーは〝赤〟。応援席は、真っ赤な優勝旗がはためく。
一方、付属は対照的な〝スカイブルー〟で。
「すげぇな。あの優勝旗。初めて見たよ」
まずは付属チームの主将が殊勝に(オヤジギャグではない)投げ掛けた。
勇み足で出鼻をくじかれて居心地の悪さを感じてか、
「え?あ?いや、それはー……」
永田は仕切りと頭を掻く。
意外と穏やかに始まるかと思ったら、横から付属の1人飛び出して、
「凄いよね。まるで本物みたいだよね」
「うん。よく出来てるよ。ゲロ吐きてぇー」
「痛たたたたたぁ~」
永田は大人しく聞いていた訳では無い。仲間に口を塞がれ、羽交い締めにされて、「ふがふごふぐぐぐぐぐッ!!!」と、くぐもった雄叫びを上げた。
試合開始の2人が向き合った。
「全国大会ぐらいでイキってんじゃねーぞ」
付属チームの主将が、中指を立てる。
永田は、両手で中指を立てて、それを迎え撃つ。
試合は、お互いを叩き付けるようなトスアップから始まった。
女子を含む永田チームは、それが突然の事もあってか、自慢のオフェンスが総崩れ。パスもドリブルも、慣れないタイミングとスピードに翻弄された。
永田に、1度もまともなボールは巡って来ない。
そのうち、「ボヤボヤしてんじゃねーよッ!」「女ぁッ!さっさとパスを戻せよッ!」と内輪揉めが始まった。
そんなに言ったら可哀相じゃん……敵方・付属男子の思いやりに、女子は、一体どっちが味方分からなくなる。
そうしているうち、永田は女子を無視して、3オン5の様相を見せた。
「どけよッ!」
女子のドリブルを強引な力に任せて、永田が横取り。
それはあまりにも可哀相だ……付属男子の囁きに、女子もされるがままでは居られなくなる。甘く切なく、ボールは面白いように付属に奪われていった。
点差がドンドン開く。
永田はバタバタしている。「ぐぅーぅぅ……」とか言ってるし。
それ、どっから声出てんの。
可笑しくて、たまらない。
俺は下を向いて、永田には見えないように、ただただ笑った。
サッカーは女子VS付属男子のフットサルに変更。結果は言わずもがな。
野球戦こそ、男子VS男子だった。だが付属男子側にだけ、1人に1人の専属女子マネージャーが付く。これも、言わずもがな。
どれも試合は順調に進んだ。勝ったか負けたかは問題ではない。
〝いかに付属に気持ち良くなってもらうか〟
女子に身近で接客されて、付属男子の表情は緩みっぱなしだ。
早々に、カップル誕生!の声も聞こえる。
ラインの友達登録に至っては、あちこちで繰り広げられて……気持ち悪いくらい、右川の術中にハマっていく。まるで悪い夢を見ているような。
だけど、これって……ダレトク?
ふと、差し込んだ雑音に、思考回路が迷い始める。
だが、今は長考している場合じゃない。10キロマラソンが迫っている。
時間は午後2時。マラソンは、あと1時間後。
俺は1度、生徒会室に戻った。
ルールなので仕方なく、赤いズボンに着替えて、少し早めに部屋を出る。
この時刻、体育館ではバレーもバスケも決勝戦が行われる予定だ。
大会は終盤戦。……午後3時。マラソンの始まり。
更衣室から吐き出される付属男子に敬遠されながら(赤いジャージで)受付に入ると、どこからやって来たのか、右川がぴょん♪と弾んで割り込んだ。
右川の隣にもう1人。マラソン参加の女子が居る。
その子は、俺は知らない子だが、ジャージの色から察するに1年生。
名前には〝松倉〟とある。と言うことは。
「こいつ?松倉の妹なんだよ♪」
ドラえもんの?
顔立ちと言うより、体型からして、姉とは真反対の妹だった。顔立ちも、可愛い部類と言える。あの松倉も痩せたらこうなるのか。にわかには信じ難い。
俺と目が合うと、妹は恥ずかしそうに俯いた。姉と違って、奥ゆかしい。
こういう時、思うのだ。
〝きょうだい、あるある〟上と下は真反対。俺と弟も、それだ。
「この松倉さんが、あんたのバディだからね♪」
バディ?
「そそ。今日は松倉さんと一緒に走って」
松倉妹とお互い、顔を見合わせる。
彼女は、まるで祈るように両腕を組んで、頷いた。
右川の作戦を、俺は今一度、頭の中に思い描く。
確か俺は……争い事を警戒しつつ自分のペースで流す、ではなかったか。
「だーかーらー、それを松倉さんと一緒にやって♪」
妙な雑音が混ざった気がして、何かを問い質そうとしたその時だ。
永田がグラウンドに乱入!
「あーッ!カラダが騒ぐッ!」と荒れて荒れて、「どけどけッ!」と気が収まらない勢いのまま、飛び出してきた。
「オレも走るッ!ゼッケン寄越せッ!」とか言ってるけど。
「走りたいの?だったら、いんじゃね?」
右川はあっさりと受け入れた。
「急にそんな事言われても、準備とかどうすんだよ」
「どうせ人数少ないんでしょ?出たい人を出せば?後はどうなろうと」
融通が利いている。右川には珍しく、前向き……とも言えるが、やけに捨て鉢な物の言い方が気になる。その一方、誰でも出ろと、右川が言いたくなる気持ちも分かった。
マラソン参加者は、双浜男子が120人。女子は、たったの70人。
なのに付属男子は、全校生徒のおよそ過半数、370人が参加していた。
周りは濃紺で一色である。
一体、何を期待して……嫌な胸騒ぎがするのは俺だけか。
このマラソンに於いて、女子はそれぞれ当たり障りのない付属男子と出来るだけ密着、一緒に仲良く走るように言われている。無理はしなくていい。遅れていい。それはもう大歓迎だと。
永田は、自動的に女子からアブれることになる。
争い事にならぬよう、黒川に見張り役をお願いしたのだが、「いらね。腹一杯。クドい。別のヤツに言え」と弾かれた。
仕方なく、バスケ部員に監視を言いつける。(というか、のしつける。)
永田は独りで何処までも走り去ってくれ。
スタートラインに整列した。
真横に悪魔の会計、タトゥー赤野が並ぶ。
さっそく嫌がらせに来たのか。
後輩あたりに妙なマネをしたらタダじゃおかない。
遥か斜め後ろには、忘れもしない、書記の片桐が居た。
打越会長の後ろに、まるで金魚のフンのようにくっ付いている。
いつかの、あの匂いがした。
そうか。あれはいつかの打越会長と同じ匂いだ。憧れ、という事か。
だったら、その品格とか謙虚とか、他にも真似る所は沢山あるだろ。
もう顔も見たくない。俺は目をそらした。
ぼんやりする振りで上の空を演じていたら、赤野の方からスリ寄ってきた。
「邪魔すんじゃねーぞ。転がすぞ」
早速いきなりのジャブが飛ぶ。
「邪魔されたくなかったら、サッサと行けよ」
俺は顔も見ないで吐き捨てた。
その横の片桐と目が合う。いつかの〝富士山〟が脳裏に甦った。
……やめろ。そういう妖しい目線を飛ばすんじゃない。
赤野に「打越が呼んでる。行けよ」と命令されて、片桐は何かを疑うように、打越会長の元へ消えた。
赤野は、俺の隣に立つ女子。松倉妹を、上から下まで、舐めるような視線で眺める。俺は、すかさず壁になった。
松倉はその壁に隠れながら、
「あの、先輩。どうして私なのか、分からないんですけど。私って本当にトロいですよ?大丈夫ですか?本当に私で」
「うん。一緒にゆっくり行こう」
「一緒に?ゆっくりだぁ?」
赤野は、気味悪そうに眺めて、チッと舌打ちした。
この松倉妹。俺のバディ。
右川の指示で、2人で一緒に仲良く走るように言われて……これは、どういう意図だろう。数少ない女子は、付属男子にくっ付けるんじゃなかったのか。
一応訊いたらば、「そんな深く考えずに。ゆっくり世間話でもしながら走りゃいいじゃん♪」だった。答えになってない。
何か考えあって……例えば、付属に襲われた俺を見守ってやれとか。
松倉妹が、そんな女神に……思えなくも無いけど。
頼りないと言ってはいけないだろうけど。
何の目的なのか、よく分からない。
俺のミッション〝後輩と世間話〟か。
「10キロなんて無理です。コケたら、沢村先輩は先に行って下さい」
「松倉さんは、何キロ位ならいけそうなの?」
「4キロ、なら」
それを聞いて「十分だよ」と励ました。
それでも松倉は「ええー……」と頭を抱える。
こういう感じでいいのかな?
その時、スタートのピストルが鳴る。
「じゃ、行こうか」
「なんか、彼女さんに悪いです」と松倉は、仕切りと後ろを気にする。
見ると、桂木は少し離れた斜め後ろ辺りに居た。
桂木と組まされた付属男子が一人、きゃっきゃっ♪と、はしゃぐ。
曲がったゼッケンを直してもらって、その男子は真っ赤になった。
「平気だよ。行こうか」
俺は、松倉の背中を押した。
桂木ではない女子を、俺のバディに充てがう……よく考えたら、桂木に思いやりを見せる右川にしては、珍しい事もあると思った。
だが、こんな事を思ってはいけないけど……やっぱり助かったという気持ちになっている
だから、この時は、深く考えなかった。