〝星和大学付属男子高等学校〟
双浜高の最寄り駅から、電車で1時間半ほど離れた場所。
校舎は、こじんまりした町のド真ん中に位置している。
交通量の多い県道。マンションの建設工事。
それらの騒々しい一画を、校内敷地の丁寧に管理された緑の樹木が遮る。
本体大学は、そこからさらに1時間離れた場所にあった。
付属高の生徒は、自宅から通うより寄宿に入っている輩が多いと聞く。
遠方から、わざわざここを志望して入ってくる学生が多いからだ。
とはつまり、それだけ名の知れた、名門校である。
星和付属はグラウンドが狭い。屋内球技場と兼用で講堂は存在しているものの、当然これも狭い。近年、校舎を増築しているという経緯もあって、さらに狭い環境に置かれてしまった。そこで、運動環境を他校に借りると共に、交流も兼ねて、こういった大会を年に1回どこかの学校と賑やかにやる……。
「と、よりによって今年、デカい行事が舞い込んで来たという訳で」
〝星和高・双浜高 合同スポーツ大会〟
ホチキス留めのプリントに概要が記されている。
期日。種目内容。それにまつわる役割の色々。事前準備から、当日の段取りまで。その記載は、あくまでも大まかに、そして適当に。
持ち帰って検討します……なんて、こちら側に、そんな余裕は与えられていない。今年は双浜高で、ほぼ決まり。吉森先生からは、「そういう訳だから、生徒会でどうにか形にしてくんない?」と哀願された。
先生からも一通り簡単な説明は聞いたけど。
あくまでも大まかに、そして適当に。
「どういうふうに進行していいんだか、全くイメージできないわね」
副会長・阿木キヨリの困惑に、俺はただ頷く。
「向こうは毎年どっかとやってるんでしょ。慣れてるんじゃない?」
書記・桂木ミノリの気休めに、わずかながら希望を託す。
「あっちに任せとけば何もしなくていいって事ですか」と笑う2年生・会計の浅枝アユミには、安易に期待しない方がいいと諭し、「でも、先生そういう言い方でしたよね?ね?ね?」と、何かに脅えて祈りを捧げる1年生・書記・真木タケトにも、同様の戒めを与えた。
「明日の放課後、あっちから色々来るんだってさ」
我が双浜高・生徒会長・右川カズミの表情は、曇る。「面倒くせ」と続く。
「そうだよ。面倒くさいよ」
おまえだけじゃない。みんな、そうだ。
予算委員会が終わったばかり。その後始末が終わるや否や、次の面倒事。
右川の言う通り、明日、星和付属から生徒会執行部が、細かい打ち合わせのためにやってくると、話は具体的にそこまで進んでいる。
俺達は、「とりあえず、やるしかないだろ」と溜め息をつくしかなかった。
もうじき5月が終わる。6月の衣替えはすぐそこ。
だがこの所の暑さは我慢できないと、ブレザーのタイは緩みっぱなしだ。
半袖姿あり、Tシャツ姿あり、朝から体操服もかなりいる。
他校からお客様……と言う事であれば、明日は取りも直さず、俺達はきっちりした格好で臨まなくてはならない。
「その服、どうにかしろよ」
右川はシャツもスカートも、よれよれ。
「何それ。エラそーに」とか何とか、ぶつぶつ口答えが続く前に、「ちゃんとしてこい。そのまんまで来たら山下さんにチクるからな」と釘を差した。
これでぐうの音も出ないだろう。
(事実、ぐぅぅぅぅぅぅ……、と唸っていたので。)
次の日。
星和付属の生徒会から4人、先生が1人やって来た。
先生同士は校長室あたりで話すらしく、生徒会だけが場所を変え、生徒会室で簡単にあいさつ、お互い程々に人見知りを晒した後、おもむろに自己紹介などをする事になる。
生徒会室に案内して、用意したパイプ椅子に全員が着席。
生徒会長だという男子が〝打越マキオ〟と名乗った。
他は副会長が2人、そして赤野と名乗る会計が1人。
「あと、今日は来てないけど、書記が5人いるんだ」
「……5人もですか」
同輩なのに、敬語になる。よく考えたらおかしい。
そして、浅枝もおかしい。顔が赤い。
それもその筈、打越会長は、浅枝がポッとなるのも(そして俺が敬語になるのも)分かるほど、端正な顔立ちの男子だった。
何と言っても、濃紺詰襟の学生服が新鮮で目を引く。
折り目正しく身に付けているといった風情で、さすがお坊ちゃん進学校。
打越会長は物腰も穏やかで、品の良さ、育ちの良さが窺える。
クラシック音楽の趣味が合ったとかで、まず真木と話が弾んだ。
気のせいか、いい匂いがする。
時々、チラッと見える腕時計が、俺の目を引いた。
ダニエル・ウェリントン。
確かじゃないが多分、それ。
弟の恭士が欲しがっていたので覚えがある。2~3万はした。弟と違い、打越会長なら納得で店も売っただろう。(弟は店に行く前に、親から却下だ。)
その打越会長に比べて、副会長2人と会計の赤野という奴は……どうでもいい事かもしれないが、まず3人が3人とも凝った出で立ち。派手というほどでもないが、微妙にチャラ男。
制服は指定のはず。だが、3人ともズボンの長さがそれぞれ違った。
恐らく、ズリ下ろし加減の違い。学制服もボタンを外していたり、色々付けていたりで、打越会長と比べては何だが、やけにだらしなく見える。
副会長の1人は、ガングロとまではいかないが、淺黒く日焼け。
もう1人は、眉を丁寧に整えて……ちょっと見にはビジュアル系。
どことなく作り過ぎてる印象も拭えない。
会計の赤野という男子は、見た目こそ、この中では地味だった。
しかし、腕まくりした二の腕からチラチラと覗く、複雑な模様が気になる。
おそらくタトゥーシール。
付属は一体どこまで自由なのかと疑いたくなる。
あとの書記5人もこんな感じなのか。ここまでいかなくても、うちでもそんな生徒は結構いるから、生徒会に偶然そんなのが集まったという事かと、独りで勝手に納得していた。
副が2人、書記が5人もいる生徒会。学校違えば組織も違う。
そんなにいたら楽だろうなと、それをひたすら羨ましく思った。
「うちは、見ての通り、5人だけ~って事で♪」
右川は、さっそく恥をさらしている。てゆうか、俺の存在を弾いたな。
「あれ?6人、いるよね?」
打越会長は首を傾げた。
「見てもらうと分かりますが、5人と……0,5みたいなもんです」
仕返し、長さでヘコんでいるチビ1匹を当てこすった。
右川は、一瞬ムッとして見せたが、お客用のお菓子に夢中で(?)、ここは突っ込む口が無かったと見える。
「じゃ、さっそくなんだけど」
打越会長は、手持ちの資料を机に広げた。
「コピーが必要ですか?」と立ち上がった阿木を制した付属側が、「配布分、あります。みなさんで回して下さい」と、レジュメ束を寄越す。
浅枝と真木が先を争うように資料を受け取って、俺達に配って回った。